匿名さん
ラリーホームズ対マイケルスピンクス第1戦 見ました。
1985年8月、ホームズのIBF世界ヘビー級戦として行われました。
と同時にホームズには、ロッキーマルシアノに並ぶ49連勝がかかっていました 。
結果は判定でスピンクス。
兄レオンと兄弟がプロボクシング世界ヘビー級王者になると共にライトヘビー級王者がヘビー級王者になるという史上初の快挙を成し得ました。
私が見た主観では、前半アグレッシブに攻めたスピンクス、後半少し盛り返したホームズといった感じで3ポイント差でスピンクス。
ジャッジは1ー2と拮抗した第2戦とは違いおそらく0ー3でホームズが負けたと思います。
試合後に手を上げるスピンクスと静かにうなだれるホームズと納得の行く判定だったと思います。
試合内容もホームズの衰えはあるも 、けして退屈な物ではなかった。
ホームズもスピンクスも、もっと評価されて然るべきだと思いました。
質問はこの時期、ホームズ王者転落待望論がボクシング業界に無かったかという事です。
これは私の全くの憶測として書かせてもらいます。
この試合のジャッジ3人中、2人は白人でした。
もしも、もっと拮抗した展開になった時に王者特権のホームデビジョンでの勝利や引き分けではなくてやはりスピンクスが勝っていたのではないかと… モハメドアリ、ジョージフォアマン、マイクタイソン、シュガーレイレナード、そして明日パッキャオと世紀の一戦に望むフロイドメイウエザー。
プロボクシングは黒人選手がいなければ到底、今のような隆盛、形態は成し得ていません。
しかし、あの時にホームズが挑んでいた49連勝の無敗記録を持っていたロッキーマルシアノは、白人でした。
黒人のホームズに記録を抜かれたくない。
そんな意識が働いたのではないか?MLBのベーブ・ルースの本塁打世界記録を破った時のハンクアーロンや、NPBの王貞治が持っていた年間最多本塁打記録に挑んだ時のバースやカブレラが敬遠によって記録達成を阻止されたーそんな空気が無かったのかなあと。
ボクシングフリークの皆さんの見識をお聞かせ下さい。
ホームズ対スピンクスーどちらも白のトランクスを使用していました。
スピンクスは白が好きでした。
世紀の一戦のタイソン戦の時もパンツの色を白で譲らず、王者であるタイソンが妥協して黒パンツを着けたと思います。
おまけに宮本武蔵ならぬ会場入りをギリギリにして、タイソンを苛立たせていました。
腰にはローカル王者のIBCだかIBAのベルトを巻いて。
そんな駆け引きもと動揺せず、かえって逆効果でタイソンの怒りに火を着けていたなあ。
序盤、思いっきり肘打ちかまされてました。
全く通用せず((T_T)) しかし、ホームズが衰えていたとは言え、あの時のスピンクスはグッドシェープでアグレッシブでした。
あれから30年か… 明日のパッキャオ対メイウエザー期待しましょう( ^∀^) よければ回答御願いします。