元国鉄の半沢士郎投手を知ってますか? 1964年 この夜の半沢は泣かなかった。二日、中日球場での対中日戦でプロ入り初勝

元国鉄の半沢士郎投手を知ってますか? 1964年  この夜の半沢は泣かなかった。二日、中日球場での対中日戦でプロ入り初勝

元国鉄の半沢士郎投手を知ってますか? 1964年 この夜の半沢は泣かなかった。二日、中日球場での対中日戦でプロ入り初勝利を記録、しゃくりあげ、涙を流しながら喜びを語った少年の姿はもうみられない。「3点リードされていたし、同点になっても別に・・・。楽な気持ちで投げました」ベンチの真ん中、いつもだったら金田のすわる場所で堂々とした応対だ。半沢は静かに語りつづけた。「シュートと直球で攻めました。王さんは最後までこわかったが、長島さんはそうこわいと思いませんでした」とケロリとしている。登板をいわれたのは九日。そのとたんに王の大ホーマーが出た。「王さんのホームランを見たのはあれがはじめて。それだけに最後まで気が抜けなかった」のだそうだ。「八回、王さんを左飛にとったのは外角の直球。長島さんのは内角の直球です。十回は長島さんを遊ゴロに押えましたが、あれは内角のシュート。これで勝てるという気がしました」「柴田には慎重に投げていたね」という言葉には「柴田さんとは高校(鎌倉学園)のとき試合をしたことがあるんです。ボクは一年生でベンチで観戦していましたがいっぺんも勝てなかった。だからどうしても柴田さんには勝ちたかったんです」「監督や金田に巨人のことを聞いた?」という質問には「いえ、なにも聞きません。白紙でマウンドへあがりました」白い歯をみせながらこたえた。「巨人の長島、王といったら高校時代からボクらのあこがれのマトだった。グラウンドで勝負できるだけでも十分です。研究なんて・・・」イースタン時代、母親のたきさんに水筒とべんとうを差し入れてもらい、いっしょに食事をしたというこの甘えん坊十九日には十九歳の誕生日を迎える。「まだ家へ帰っていないんです。一軍で勝ったら家へ帰るとおとうさんと約束したんです。誕生日には帰りたいですね・・・」 長島選手(対半沢に遊ゴロ2、一邪飛、遊飛)「球は重くないが、とにかく速いね。ストレート、カーブがすごい。いいからだしているし、最近にはめずらしい本格派だ。落ちるシュートを持っているのに?ボクには投げてこなかったな。へんに小細工しないでいまの調子で投げたらちょっとしたものだね」 王選手(3四球、左飛)「みんなが速いというけどそんなに速くはなかった。ただ、ボクの方が調子が悪かっただけだ。だがカーブはよかったんじゃないかな」 佐々木信也氏「とにかくボールが速い。1㍍81という長身をうまく使う純粋なオーバーハンドの投手なんでボールに角度もあり、そのうえボールがのびているので打ちにくいのだろう。

知らなかったので調べました。 鎌倉学園高では1962年、2年生の時にチームが春の選抜で準々決勝に進出するが、半沢の出場はなかった。 同年夏の甲子園神奈川県予選では決勝で慶應と対戦、7回にエースの永田善一(大毎)が打ち込まれ、リリーフとして登板するが3-8で敗れる。 1年上のチームメートに竹之内雅史(西鉄・太平洋・クラウン、阪神)がいた。 主戦投手となった翌1963年の夏の県予選では、準決勝で井上健仁(東映)、平岡一郎(大洋、ロッテ)両投手を擁する横浜に4-8で敗退。 1964年に国鉄スワローズへ入団すると、初登板の中日戦で初勝利を挙げた。 巨人との初顔合わせでは渋谷誠司のリリーフに立ち、1安打に抑え勝利投手になったこともある。 同年は8勝10敗の成績を残したが、翌1965年に1勝を上げたのち肩の痛みに泣き、以後は登板機会が無く1967年限りで退団。 金田正一が「わしより速い」といったほどの直球(ほかにシュート、カーブも投げた)と度胸が売りであったが、怪我で開花しなかった悲劇の投手である。 退団後はバーを経営していた。 通算44試合登板 9勝10敗 防御率3,24 背番号 33 王さんと長嶋さんが全く違うコメントしてる。 それだけ変幻自在に投げたということかな。

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元国鉄の半沢士郎投手を知ってますか? 1964年 この夜の半沢は泣かなかった。二日、中日球場での対中日戦でプロ入り初勝利を記録、しゃくりあげ、涙を流しながら喜びを語った少年の姿はもうみられない。「3点リードされていたし、同点になっても別に・・・。楽な気持ちで投げました」ベンチの真ん中、いつもだったら金田のすわる場所で堂々とした応対だ。半沢は静かに語りつづけた。「シュートと直球で攻めました。王さんは最後までこわかったが、長島さんはそうこわいと思いませんでした」とケロリとしている。登板をいわれたのは九日。そのとたんに王の大ホーマーが出た。「王さんのホームランを見たのはあれがはじめて。それだけに最後まで気が抜けなかった」のだそうだ。「八回、王さんを左飛にとったのは外角の直球。長島さんのは内角の直球です。十回は長島さんを遊ゴロに押えましたが、あれは内角のシュート。これで勝てるという気がしました」「柴田には慎重に投げていたね」という言葉には「柴田さんとは高校(鎌倉学園)のとき試合をしたことがあるんです。ボクは一年生でベンチで観戦していましたがいっぺんも勝てなかった。だからどうしても柴田さんには勝ちたかったんです」「監督や金田に巨人のことを聞いた?」という質問には「いえ、なにも聞きません。白紙でマウンドへあがりました」白い歯をみせながらこたえた。「巨人の長島、王といったら高校時代からボクらのあこがれのマトだった。グラウンドで勝負できるだけでも十分です。研究なんて・・・」イースタン時代、母親のたきさんに水筒とべんとうを差し入れてもらい、いっしょに食事をしたというこの甘えん坊十九日には十九歳の誕生日を迎える。「まだ家へ帰っていないんです。一軍で勝ったら家へ帰るとおとうさんと約束したんです。誕生日には帰りたいですね・・・」 長島選手(対半沢に遊ゴロ2、一邪飛、遊飛)「球は重くないが、とにかく速いね。ストレート、カーブがすごい。いいからだしているし、最近にはめずらしい本格派だ。落ちるシュートを持っているのに?ボクには投げてこなかったな。へんに小細工しないでいまの調子で投げたらちょっとしたものだね」 王選手(3四球、左飛)「みんなが速いというけどそんなに速くはなかった。ただ、ボクの方が調子が悪かっただけだ。だがカーブはよかったんじゃないかな」 佐々木信也氏「とにかくボールが速い。1㍍81という長身をうまく使う純粋なオーバーハンドの投手なんでボールに角度もあり、そのうえボールがのびているので打ちにくいのだろう。

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