元大洋の桑田武選手を知ってますか? 1962年 七回浜中に代走をたのんでダッグアウト裏の控え室で入念に小林トレーナーのマッサージをうける桑田は明るい表情だ。まず四打数二安打、打点二の説明からはじまる。「五回のも七回のもみんな高目だったですね。でも予定数をオーバーしちゃった。打つ方はなんとか知っているけどまだ守るのがね。いまのところ五回ぐらいで終わりですよ。足が思うようにいかないし、ランナーになっても走れない」そっと右足をなでる。三原監督が持っているのは守の桑田ではなく打の桑田だ。五回の左翼線の当たりも痛烈なら七回の中越二塁打もダイレクトでフェンスに当ったもの。もう少しでホームランというすごい当たりだった。「広島戦のときを入れるとこれで二本二塁打そソンしちゃったな。でもまだまだ目はなれていない。まっすぐだから打てたんだ」とひかえ目だ。桑田にはふしぎなジンクスがある。三十四年入団して以来、毎年ケガがたえない。それも足ばかりだ。故障したあとは、ほとんどの選手がなかなか調子をあげられないものだが、桑田はまったく逆。故障回復後十試合の桑田の打率は三十五年九月の四割六分九厘を最高に、全部四割近いアベレージだ。ことしもまだ四試合だが十一打数四安打、三割六分四厘と好調な出足だ。このふしぎの理由を桑田はこういう。「僕は腕力が強い。だからどうしても力がはいってフォームがくずれてしまうんだ。ところが足が気になるとふんばりがきかなくなる。自然に腰で打つようになる。これがいいんじゃないかと思うんですがね。まあいつもそういう気持ちで軽く打つようにすればいいんだけど・・・」八回大洋は1点を追加する。そのたびに桑田は身をのり出して「ああ、またはいった。きょうだけは勝ってくれよな。はじめての打点をあげたんだから。坊主(武将ちゃん)のいいおみやげができた」と喜ぶ。「巨人戦までになんとか使えるようにしたい」といっていた三原監督を満足させるほどの桑田の復調ぶりだった。セ・リーグの混戦をぬけ出すために得点力増加をはかる三原監督はこの桑田の復帰で近藤(和)桑田、マック、森というぶきみな新打線を考えている。