元南海のハドリ選手を知ってますか? 1963年 森中がブツブツいいながら荷物を運んでいた。電気がま三つ、ウイスキー三箱、ワイシャツ三枚、ヘアトニック三箱、まだそのほかに三組いずつの品物がつづく。「たいへんな役目を引き受けさせられたもんや。ハドリの運搬人やから」帰りのバスに運び入れる森中はウンザリした声を出した。二試合で九打数七安打、うち本塁打三本、三組みの品物は本塁打賞でもらったもの。第一試合をきめた七回の3号2ランから第二試合の5号2ランまで六打席連続安打。十一歳のときから野球をやり出したが、こんな記録は初めてだそうだ。第一試合で、打たれた若生は「球がスーッとはいっていきよった」と妙な顔をした。第二試合の堀本は「最初のはシュート。次はシンカーや。なか二日の休養でリリーフして翌日の先発はワシにはやはりムリや。それにしても二本も打たれるなんて腹が立つ。こんどは顔にぶつけてくれるわ」と腹にすえかねた表情。ハドリは「ことしははじめてからキャンプに参加したのでベスト・コンディションだ」打ちまくった原因を藤江マネの通訳でこう話した。ところが尾張スコアラーにいわせると「キャンプのサーキット・トレーニングでアゴを出して呉のキャンプでは満足に練習もしていない。日本人のコンディションからみれば決してベスト・コンディションじゃないはずだ」という。してみればこれは逆立ちしてもどうにもならない体力の差か。「大毎投手陣をどう思ったか」と聞いてみたら「今夜は非常によく打てて有頂天なので、若生、堀本の調子はわからない」打たれた投手へのエチケットを心得て心憎い発言だった。来日して二年目になるが、日本語はまるでダメ。もうひとつダメなのは下手投げ投手に弱いことだそうだ。最後に藤江マネはこうハドリの言葉を伝えた。「ことしは打てそうな気がする。二割八分は打ちたいと思っています」昨年の成績は二割六分六厘。本塁打11本。