日本における「プロボウラー制度」についての質問です。 プロテストに合格したからプロボウラー。それは大いに結構なことです。 でも、それだけで済ませてしまっては、あまりにも単純すぎる話だと思いませんか?永久に、その人が望みさえすれば、120才になっても、寝たきりであっても、私はプロだと言えるのですか? https://www.bmp2001.jp/essay/essay103.html 今の世の中、教員免許にしても運転免許にしても、取得後に何らかの規定を設けて規制しています。選挙だって、当選したら永久に市長や議員を続けられる訳ではありません。次の選挙では、見事に落選してしまうかもしれません。プロ野球の選手にしても、2軍でもいいから50才までプレイできる人がどれほどいるでしょうか?それだけプロでいるということは、本当に厳しいことなのです。 なぜそんなことを言うのかは、プロフェッショナルとしての「質の高さ」をもっとプロボウラーたちに誇って欲しいからです。調子が良くて一旦はプロテストに合格はしたものの、その後の成績はパッとしないプロもやはりいると思います。それはプロとして、あぐらをかいて生活をしている訳ですね。 プロの数にしても、多すぎる気がします。だからプロたちは、自らプロであることの「襟を正す」必要があると思います。ビシッ!とやっているプロにとっては、生ぬるくダラダラやっているプロを歯がゆく感じることもあるのではないでしょうか? プロボウリング界では、たとえば毎年「再テスト」を行い、「アベ190以下はプロの資格を一時的に剥奪!」というような規定を設けるべきではありませんか?プロなんだから、再テストがあればそうとうな意気込みや覚悟をして試合に臨んで欲しいと思います。 再テストで不合格になったプロは、一時的にインストラクターというのもいいでしょう。その後に行われる翌年の再再テストなどでアベ190以上を獲得したら、またプロとして復帰が許されればいいと思うのです。ボウリング協会は、それぐらいの厳しいことをしてもいいと思います。 「プロボウラー/鬼より恐い/再テスト/受かって天国/落ちたら地獄」 ところで、現在のプロを一堂に集めて再テストをしたら、はたして全員がアベ190をクリアできるのでしょうか?そういうことを疑問に思う時点で、プロ制度に大いなる疑念を感じてしまう訳です。 これは、個人的な意見に過ぎません。 「ちょっとした大会を開催するよりも、再テストを開催しましょう」 プロなのだから、再テストをしても、それに合格する(合格しなけらばならない)ことは、ごく当然のことでしょう。そんなことは、言うまでもないことです。 でも、もし再テストをして、何人かが不合格、いえ何十人かが不合格になり、プロボウラーの人数が減ってしまうと、ボウリング協会への会費が減ってしまう。 そうでしょうか?そうでもないと思います。それだけではないと思います。だって、再テストの受験費用にしても、受験者であるプロが支払うのでしょうから(笑)。 再テストに抵抗があるというのならば、こういうのはどうでしょう? 「プロボウラーとして名乗ると同時に、昨年のアベレージも名乗らなけらばならない」 どうです??そこのプロボウラーさ~ん!! 「私はボウリングのプロで、昨年のアベレージは210でござんす」 そしてそれを、胸のワッペンで表示します。 JPBA210のワッペンが、誇らしく輝いているプロ。それは、それは、ご立派なことです。それこそ、プロボウラーという感じがします。 そこで、質問です。 Q.みなさんは、日本の「プロボウラー制度」について、どのようにお考えになりますか? この質問に対するご回答というよりも、ちょっとした議論に発展するかもしれませんね。 国会議員にしても、自分たちの議席は減らしたくはありません。なので議席の削減は遅々として進みません。プロボウラーにしても、自分で自分の首をしめるようなことはしたくないでしょう。だから、第三者委員会のようなものを設けて、そこで議論するのも方法の一つだと思います。 あなたなりの、アマチュアボウラーなりの、外から見たボウリング協会などへの批判や意見でも構わないと思います。プロボウラーでなければ、批判や意見ができないというのはおかしいと思いますから。それらの客観的な批判や意見が、プロボウリングの世界あるいはボウリングという競技の将来を、いい方向に向かわせてくれることになれば幸いに思います。 熟考の上、書き忘れのないようにお願いいたします。また、他のボウラーからのご回答も参考になられて、その後にご回答またはご返信くださるのも方法の一つに思います。 ボウリング愛好者のみなさま、ご回答よろしくお願いいたします。