元阪神のブラウンスタイン投手を知ってますか? 1962年 阪神の外人投手マーク・ブラウンスタイン(MARK・BROWNSTAIN)が十三日来日。十四日から甲子園球場の練習に参加した。 「十分間だけ走ってもいいか」エース・ナンバー18の新しいユニホームを着たブラウンは、グラウンドを出ると記者団に断ってランニングをはじめた。「天候が不順でトレーニングは少しもしてこなかった。それに日本はやはり寒い。でも日本のプロ野球のことはいろいろ聞いてきた。大学には日本の新聞もあるし、向こうをたつ二週間前にドローチャー(ドジャースの監督)からもいろいろ聞いた。でもこの球場は予想していた以上にりっぱだ。大きいし、それにたいへん美しい」カリフォルニア大学で経営経済学を専攻。この一月に学位をとったというこのインテリ投手はなかなかじょさいがない。「ピッチング・フォームを写真にとる」というとさっそく右翼のブルペンで大和田捕手を相手にピッチングをする。「全然練習していないそうだが、それにしてはフォームもよく整っている。外人独特の手首の使い方だが、やわらかそうだ。評判どおりのすごいスピード・ボールを投げるかもしれない」鋭く切れるスナップを見て梶岡コーチが目をまるくしてPR?20球ほど投げたあとソロムコをさそってまたランニング。「うわさでは肩を痛めたとかヒジを痛めたとかいろいろいわれているそうだが、私は一度も故障したことはない。いまは寒いからムリだが、暖かくなれば得意のスピード・ボールをお見せする。カーブとチェンジアップも投げるが、勝負のときは上からの速球でいく」約一時間のトレーニングを終えたブラウンは、ぶあつい胸をドスンとたたいて自信たっぷりだった。 ドイツ系特有のがっちりはったアゴ、白い皮膚、太いマユ。映画ベーブ・ルース物語に出演したウィリアム・ベンディックスに似たブラウンは、意外に日本語がうまい。伊丹空港に出迎えにいった戸沢代表は、のっけに「どうもご苦労さん」とあいさつされてびっくりしたそうだ。記者会見でも盛んにかたことの日本語を得意そうに使った。「ライスたいへんおいしい。ジャパニーズ・ビールもおいしい。スシもOK」カリフォルニアで約二か月日本の女性に日本語のレッスンを受けたそうだ。それになかなかのおしゃれ。ロッカーでユニホームに着かえるのに十五分もかかった。ズボンの長さを気にしたり、バンドのところにできるシワを何度も直したりしてつきそいの杣田マネジャーをいらいらさせたが、本人は「プロはみだしなみも大事。お客さんにみせるのだから、時間があればもっとすっきり着るんだが」とケロリとしていた。そのせいか阪神のシマのユニホームがよく似合った。「ひまをみて日本民族の習慣、エチケットを勉強したい」と二十一歳のインテリ投手はいっている。 1941年カリフォルニア生まれ。リバレーヒル・ハイスクールをへて、1958年ジューク大学に入学。二年後の1960年にカリフォルニア大学に転校、今春一月に卒業した。ジューク大学当時は三塁手。一年生のとき十八試合で四割二分、二年生では三十五試合で三割二分一厘の打率をあげ、その間に十六ホーマーを打った。カリフォルニア大学ではずっと投手。休暇にはセミプロ・チームの投手もやった。二年間で21勝4敗。速球が武器。宿舎は宝塚ホテル。1㍍88、90㌔、右投右打。連盟登録名はブラウン。