元南海のカール・ピーターソン選手を知ってますか? 1961年 南海では二十七日午後大阪難波の球団事務所で元アメリカ3Aサクラメントのカール・ピーターソン遊撃手(31)の入団を発表した。かつてサクラメントにいたスタンカ投手の紹介で交渉を進め入団が内定していたが、入団許可がとれなかったため来日が遅れていた。同選手は二十六日午後十時羽田着のPA機で来日、二十七日午後二時半伊丹着の日航機で来阪した。右投右打、1㍍75、75㌔、背番号1。なおピーターソン選手は二十八日午前十一時から大阪球場で二軍といっしょに初練習する。 ピーターソン選手の話 「日本の野球はほとんど知らない。ただここ数年間に技術がすばらしく進歩したことは聞いた。どれだけ働けるかわからないが、チームの勝ち星に貢献したい。ポートランドは雨が多く練習も十分にできなかったが、体調だけは整えてきた。 鶴岡監督の話 「練習をみていないのではっきりしたことはいえないが、一塁とバッテリー以外はできるというのだから、内、外野のアナになったところに使ってみようと思っている。五番を打ってもらいたいんだが・・・。握手したときぐっとにぎられて痛かったから力はありそうだ。本塁打を7本打っているというが、日本の球場はせまいので倍くらいは打てるだろう」 カリフォルニア州ポートランド出身。リンカーン高卒。1953年3APCLサンチアゴに入団。57年3A級のバンクーバーに移り、サクラメントには59年入団。昨年は遊撃を守り一、二番打者として145試合に出場し打率2割5分7厘、本塁打7本を打っている。