元巨人の山崎正之投手を知ってますか? 1961年 ベンチ裏の通路。グラウンドでは国鉄のシート・ノックが始まったばかり。

元巨人の山崎正之投手を知ってますか? 1961年  ベンチ裏の通路。グラウンドでは国鉄のシート・ノックが始まったばかり。

元巨人の山崎正之投手を知ってますか? 1961年 ベンチ裏の通路。グラウンドでは国鉄のシート・ノックが始まったばかり。一服つけている山崎の肩を別所コーチがたたいた。「きょうは腕のみせどころだな。国鉄の三、四番はお前と同期生じゃないか。クセは十分知っているだろう。思いきっていけよ」山崎はテレくさそうに帽子に手をやりながら「はあ、はあ」とうなずく。「きょう負けたらお前の責任だぞ」ともう一度別所コーチにポンと肩をたたかれた山崎は「わかってます。あの二人だけは・・・」ここまでいってブルペンへ走った。 「山崎の身上はコントロールと心臓」という佐々木信也氏に六回クリーン・アップをかんたんに料理したところを中心に解剖してもらおう。 杉本 4球で三振。杉本はどちらかといえば内角が強いから、まず外角でストライクをとり、次にシュートを内角低目へきめて、から振りさせてから外角へ得意のスライダーを二つ。三振させた最後の球はプレートいっぱいにスライダーをきめた。バッターはプレートの左端をふんでサイドから投げられるとどうしても腰がひけがちになるものだ。 徳武 5球で三振。外角のストレートとスライダーで2-1としてから外角へスライダーのボールを投げておいてインコースの落ちるシュートで三振させた。 町田 5球で二飛。外角のストレート、外角カーブで泳がせてから内角シュートでとった。この夜はカーブにしてもシュートにしても1球もど真ん中へ投げていない。球威はそれほどないのでストレートばかり投げたのでは打たれる。だから適当にボールをまぜているが、そのまぜ方が非常にうまい。これは森の好リードによるものだろう。 最後の打者平岩を三振にとってベンチへ引きあげてきた山崎を、二十名近い報道陣がワッととりこんだ。マイクに押されてあとずさりしながら「きょうはいままででいちばんスピードがありました。でも最初は高目へ浮いてちょっと苦しかったですが・・・。後半は低目へきまりましたから」少しどもり気味、口からはアワが吹き出る。「この前の阪神戦のこと(九回にくずれる)を意識しなかった」ときかれた山崎は「ええ、すこしね。だから九回は1球1球に力がはいりました。採点ですか?夢中で投げましたからわかりません。別所さんか森さんにしてもらってください」ここではじめてタオルで汗をぬぐった。報道陣の質問は杉本、徳武のことばかり。-二人をだいぶ意識していたようだね。「いやあ・・・。二人のクセはそりゃあよく知っていますけどこちらだってそれだけ知られていますからね」-六回、杉本、徳武を三振させた球は?「・・それだけはかんべんしてください。それだけは・・・」この球がどうやら山崎の秘密兵器らしい。佐々木信也氏は「スライダーだ」といっていたが・・・。

知らなかったので調べました。 1938年埼玉県に生まれる。 法政第一高校から法政大学へ入学し、東京六大学リーグにおいて1960年春のシーズンに優勝、自身もベストナインに選ばれるなど法大のエースとして活躍。 リーグ通算36試合12勝8敗、防御率2.50、87奪三振。 同期に山本一義、鈴木孝雄がいる。卒業後の1961年に読売ジャイアンツへ入団。 1年目から、先発・リリーフでフル回転した。 一軍では40試合登板し、9勝を挙げた。 巨人はV9時代の前で、エースの藤田元司が全盛期を過ぎていたなど、投手陣が手薄だったことが活躍につながった。 5月27日のイースタン・リーグの対大洋ホエールズ戦では完全試合を達成している。 しかし肩を壊し、翌1962年は0勝に終わる。 1963年から得意な打撃を生かして外野手に転向し、しばしば代打本塁打を打った。 1965年に東映監督の水原茂に請われて東映フライヤーズに移籍し、1965年には再び投手に戻り3勝を挙げる。 1966年に引退。 引退後は実業家(衣料品チェーン店経営)に転進し成功した。 1991年11月20日、脳卒中のため急死。 妻と二人の子息がいて、長男は筑波大学附属駒場高等学校から東京大学にを卒業し、メガバンク富士銀行に入行した。 次男は、東海大相模高卒、アラバマ大学中退ではあるが、のちに家業をつぎ社長になった。 両者とも父親似の美男子であったという。 通算66試合登板 12勝6敗 防御率2.61 211打数 45安打 8本塁打 19打点 打率.213 背番号 17 (1961年 - 1962年) 38 (1963年 - 1964年) 9 (1965年 - 1966年) イースタン、ウェスタン二軍両リーグ通じて、ノーヒットノーランを含めて初の無安打無得点試合となったそう。

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元巨人の山崎正之投手を知ってますか? 1961年 ベンチ裏の通路。グラウンドでは国鉄のシート・ノックが始まったばかり。一服つけている山崎の肩を別所コーチがたたいた。「きょうは腕のみせどころだな。国鉄の三、四番はお前と同期生じゃないか。クセは十分知っているだろう。思いきっていけよ」山崎はテレくさそうに帽子に手をやりながら「はあ、はあ」とうなずく。「きょう負けたらお前の責任だぞ」ともう一度別所コーチにポンと肩をたたかれた山崎は「わかってます。あの二人だけは・・・」ここまでいってブルペンへ走った。 「山崎の身上はコントロールと心臓」という佐々木信也氏に六回クリーン・アップをかんたんに料理したところを中心に解剖してもらおう。 杉本 4球で三振。杉本はどちらかといえば内角が強いから、まず外角でストライクをとり、次にシュートを内角低目へきめて、から振りさせてから外角へ得意のスライダーを二つ。三振させた最後の球はプレートいっぱいにスライダーをきめた。バッターはプレートの左端をふんでサイドから投げられるとどうしても腰がひけがちになるものだ。 徳武 5球で三振。外角のストレートとスライダーで2-1としてから外角へスライダーのボールを投げておいてインコースの落ちるシュートで三振させた。 町田 5球で二飛。外角のストレート、外角カーブで泳がせてから内角シュートでとった。この夜はカーブにしてもシュートにしても1球もど真ん中へ投げていない。球威はそれほどないのでストレートばかり投げたのでは打たれる。だから適当にボールをまぜているが、そのまぜ方が非常にうまい。これは森の好リードによるものだろう。 最後の打者平岩を三振にとってベンチへ引きあげてきた山崎を、二十名近い報道陣がワッととりこんだ。マイクに押されてあとずさりしながら「きょうはいままででいちばんスピードがありました。でも最初は高目へ浮いてちょっと苦しかったですが・・・。後半は低目へきまりましたから」少しどもり気味、口からはアワが吹き出る。「この前の阪神戦のこと(九回にくずれる)を意識しなかった」ときかれた山崎は「ええ、すこしね。だから九回は1球1球に力がはいりました。採点ですか?夢中で投げましたからわかりません。別所さんか森さんにしてもらってください」ここではじめてタオルで汗をぬぐった。報道陣の質問は杉本、徳武のことばかり。-二人をだいぶ意識していたようだね。「いやあ・・・。二人のクセはそりゃあよく知っていますけどこちらだってそれだけ知られていますからね」-六回、杉本、徳武を三振させた球は?「・・それだけはかんべんしてください。それだけは・・・」この球がどうやら山崎の秘密兵器らしい。佐々木信也氏は「スライダーだ」といっていたが・・・。

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