元国鉄の田原基稔投手を知ってますか? 1950年 最初見た時は手をつけられないように思っていたが、この頃ではその進歩の

元国鉄の田原基稔投手を知ってますか? 1950年  最初見た時は手をつけられないように思っていたが、この頃ではその進歩の

元国鉄の田原基稔投手を知ってますか? 1950年 最初見た時は手をつけられないように思っていたが、この頃ではその進歩の度合いの早さに驚いている。従っていまここで分析することも、時期尚早の事なきを得ないが、敢えて解剖する。上京した当時は、球の投げ方も分からず、監督を驚かせたということであるが、持って生まれた資質は、三カ月を出てずして芽をふき出してきた。重い腰ではあるが、球に引かれるように投げている姿からはごく自然なバーバリスチックなものが感じられて気持ちがいい。このままではまだウエイトが残るように思うし、腰の回転も十分とはいい得ないが、まずまず上の部である。打者の欠点が開口にあるという考えに従って、整球の方法を教わったらしく、どうも球が高目に行きすぎるようである。このためとかく早目に球を放す癖がつきぐしているのではあるまいか、このピッチングを続けると、カーブにしろ低目のスウィフトにしろ、どうしても球にウエイトが完全にのらなくなり、球速も落ちてしまうものである。またモーションにも鋭さが欠けてくるし、球の切れ具合も悪くなる。従って田原投手はやはり一応オーソドックスなピッチングフォームを完全にマスターするために、軸足から腰にかけての最も基本的なものをネジと心得て、このネジが十分巻かれ、そのためには尻の部分が右から左について回るようにつとめる。一方、上半身の、特に胸部の筋肉の開閉、左腕の後方への引っぱり等を十分考えて球を投げることである。このように試みると体にかくされていた部分で、今まで知らなかったものが随時自分のものとして甦ってくるので、面白いように球にスピードが出て来るしまたカーブ、ドロップにも威力を増してくる。とかく今までの投手にしても、まだ自分の持てるものを十二分に発揮しているとはいえないのであって、一人前の投手とみられる人も少ない。田原投手は未開の分野に勇敢に突進むことである。おそらく新人投手中これ位の大物は珍しい。

知らなかったので調べました。 北海中から札幌鉄道局を経て、1950年に新たに創立された国鉄スワローズに参加。 1年目は56試合に登板し、負けは22敗と多かったものの勝ち星は4完封を含める13勝を挙げ、チーム投手陣の中で1番の成績だった。 1951年は31試合に登板するが4勝12敗と成績は振るわなかった。 1952年は完封勝利の1勝しか挙げられず、1953年は1軍での登板が無かった。 1954年は中日ドラゴンズでプレーするが1軍登板は1試合に終わり引退した。 1955年から1956年は社会人の札幌スターズでプレーした。 通算106試合登板 18勝38敗 防御率4.06 背番号 19 (1950年 - 1953年) 28 (1954年)

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元国鉄の田原基稔投手を知ってますか? 1950年 最初見た時は手をつけられないように思っていたが、この頃ではその進歩の度合いの早さに驚いている。従っていまここで分析することも、時期尚早の事なきを得ないが、敢えて解剖する。上京した当時は、球の投げ方も分からず、監督を驚かせたということであるが、持って生まれた資質は、三カ月を出てずして芽をふき出してきた。重い腰ではあるが、球に引かれるように投げている姿からはごく自然なバーバリスチックなものが感じられて気持ちがいい。このままではまだウエイトが残るように思うし、腰の回転も十分とはいい得ないが、まずまず上の部である。打者の欠点が開口にあるという考えに従って、整球の方法を教わったらしく、どうも球が高目に行きすぎるようである。このためとかく早目に球を放す癖がつきぐしているのではあるまいか、このピッチングを続けると、カーブにしろ低目のスウィフトにしろ、どうしても球にウエイトが完全にのらなくなり、球速も落ちてしまうものである。またモーションにも鋭さが欠けてくるし、球の切れ具合も悪くなる。従って田原投手はやはり一応オーソドックスなピッチングフォームを完全にマスターするために、軸足から腰にかけての最も基本的なものをネジと心得て、このネジが十分巻かれ、そのためには尻の部分が右から左について回るようにつとめる。一方、上半身の、特に胸部の筋肉の開閉、左腕の後方への引っぱり等を十分考えて球を投げることである。このように試みると体にかくされていた部分で、今まで知らなかったものが随時自分のものとして甦ってくるので、面白いように球にスピードが出て来るしまたカーブ、ドロップにも威力を増してくる。とかく今までの投手にしても、まだ自分の持てるものを十二分に発揮しているとはいえないのであって、一人前の投手とみられる人も少ない。田原投手は未開の分野に勇敢に突進むことである。おそらく新人投手中これ位の大物は珍しい。

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