元巨人の伊藤芳明投手を知ってますか? 1963年 首すじにたまった汗がカクテル光線にキラキラ光った。4勝目、二試合連続で今シーズン三度目の完封勝ち(リーグ最高)した伊藤は差し出される何本もの太い腕の中で笑っていた。「調子がよかったものね。三振も初めからずいぶんとったけど、五回にあきらめちゃったよ。北さん(北川)に注意されたんだ。ガラじゃないし、年を考えろだってさ。ごもっともさまで・・・」底抜けに明るい。好調伊藤は、ここでも自分のペースで話を進める。聞かれるままに自分のピッチングもていねいに解剖してみせた。「このごろコントロールが非常にいいんだ。それにスピードがある。それも投げれば投げるほど出るといったぐあい。金沢(十五日、広島戦)のとき最高だったと思ったけど、きょうの方がもっとよかったものね。それにカーブやドロップがストライクかボールかというきわどいコースへきまっているのもいいんじゃないかな。落ちるシュートだってそうだ。だから打たれたってそうはとばないよ。でもいまの阪神は元気がなさすぎるね」自分の左腕をすっかり信頼し切っている。「この自信こそオッチャン(伊藤)好調の秘密だ」といいきる人もある。ピッチング担当の中尾コーチだ。「たしかにオッチャンはスピードが一段とついたし、カーブやドロップのコントロールがとてもよくなっている。しかしそんなことよりいざマウンドを頼んたときにこれならいける。絶対もらったという気持ちに心のそこからなれるということが大きいのだ。それにローテーションどおりに使えばオッチャンほど調子のもっていき方のうまい投手はみあたらないよ」ピッチング・コーチに真顔でほめられた伊藤はこんなことをいってテレた。「調子をくずさないのは規則正しい生活をしているからでしょう。エッ?もちろん結婚してからですよ。へへへ」しかし好調の原因はほかにもある、といった。それは馬皮ボールだ。「いままでの牛皮だとどんなに砂をこねつけてすべっちゃうんだけど、馬皮はその点実にしっくりいくんだ。みんななんとかいっているけど、ぼくは馬皮がすきだよ。採用してくださったコミッショナーさまさまですよ」馬皮ボールはよくとぶこんな定評があるのも調子のいい伊藤には少しも気にならないようだ。女房役の盛りも快調をすなおに認め「このごろではあまりよすぎてリードも定石どおりでOK。ぜんぜん頭をつかわせてくれないんだ」とボヤいていた。オッチャンは見方まで悩ませているらしい。