ウルトラセブンがタイトルマッチに絡んだのは都合2試合でした。 1982年7月9日熊本市民体育館 大仁田厚対ウルトラセブン 1983年5月26日天竜市総合体育館 チャボゲレロ対ウルトラセブン 大 仁田との試合はNWAインターJr.タイトルへの挑戦、チャボゲレロとの試合は同タイトル王座決定リーグ戦の決勝戦でした。以降、セブンはタイトル戦線からは外れて行きました。 厚かましいのを承知で質問します。大変甘い考えでありますが、1984年のウルトラセブンにタイトル挑戦の可能性は無かったですか?当時のチャンピオンは2月にチャボゲレロから奪取したマイティー井上でした 。いぶし銀のベテラン。表現は悪いけどこの年にデビューした2代目タイガーマスクへの繋ぎの王者だったとも言えます。翌85 年2月にはキッドに敗れて王座を手放します。キッドー小林と渡って2代目タイガーマスクへとベルトが移行します。言わば84 年は全日本ジュニア戦線は凪ぎの時代でした。 井上の防衛戦の相手は前王者のチャボ、 復帰した大仁田と渕とドラゴンのかつての全日本若手三羽烏と新鮮味があったとは言えなかった。強いて言えば引退を懸けた大仁田との試合が印象に残っているくらいです。もしリスマルクが予定通りに夏のシリーズも参戦すれば井上に挑戦ータイトル奪取も見られたかもしれません。 この時のセブンは完全に商品価値を失っておりました。が、後輩思いの井上の計らいでタイトル戦線の谷間に井上のタイトルにセブンが挑戦という可能性は無かったでしょうか?甚だ都合の良い話ですが… セブンはこの年の11.1後楽園大会で全日本ラストマッチとなりメキシコへと旅立ちました。その最後の相手がJr.王者の井上でした。今思えば全日本と井上のセブンへのせめてもの温情だったのかな? 1984年のウルトラセブンはタイトル挑戦叶える可能性あったと思いますか? 皆さんの回答お待ちしております!!