元巨人の城之内邦雄投手を知ってますか? 1965年 試合前のベンチに妙なけが舞い込んだ。来シーズンの巨人ナインの年棒の予想表とタイトルをつけた下に、横書きでズラリと数字を並べてあるもので、あて名がなんと城之内だった。練習からあがってきた城之内は、千二百万円と書いてある自分の年棒には目もくれず「なんでぼくあてにしなきゃいけないのかな」とポイと捨ててしまった。感情をすぐ顔に出す点ではチーム一だ。「きょうははじめか勝てるような気がしていたんだ。どうしてだかわからないけど。絶対勝てると思っていた」通路を歩きながら、技術論は抜きにしていきなりその予感を口にした。「自信があったかって?そりゃあったさ。ぼくはもう七十いくつ勝っている投手、阪神にだってこの四年間に17勝もしているんだもの」おこったような口調。鼻の頭から汗をボタボタ落としながらまくしたてた。「シュートの切れがよかった。でも四球をあんなに出しちゃいかんね」とやっとピッチングの話にもどったのは、もうバスが動き出すころだった。昨年は18勝。そのうち阪神に5勝5敗とチームのかせぎがしらだった。しかし、ことしはまるで逆になってしまっていた。七月二十九日の十六回戦でこのカード5連敗。それも1回戦で5回3分の2投げたのが最高。8月10日の十七回戦でやっと勝ったが、甲子園では六回のカベをのり越えたことは一度もなかった。ツキをかえようとこの日は下着からクツ下まで全部替えてグラウンドへきたという。「だって、しようがないよ。ぼくが投げるときはたいていむこうはエースを出してくるからね。ツキがなかったんだ」公式戦のボールは関東はTメーカー、関西は大阪のMメーカーが受けもっている。城之内にいわせると、この二種類のボールはぬい目がだいぶ違うそうだ。「シュートを投げるときにはどうしてもぬい目が浮いている方がトクだ。だいいち、関西のボールはにぎった感じがシットリしているから、好きさ」ほかの投手はそれほど感じないところをみると、それはあくまで城之内だけの実感かもしれないが「いや、絶対に違う」といいはっている。バスに乗ってからも「とにかく、背番号(15勝)を早いとことらなくちゃ、しようがない」とリキんでいた。これで一日の広島戦から通算五連勝だ。