ジャイアント馬場ファンの方々に聞きたいんですが。 90年代、馬場全日本プロレスの四天王が受けて創業以来の活況だった時期

ジャイアント馬場ファンの方々に聞きたいんですが。  90年代、馬場全日本プロレスの四天王が受けて創業以来の活況だった時期

ジャイアント馬場ファンの方々に聞きたいんですが。 90年代、馬場全日本プロレスの四天王が受けて創業以来の活況だった時期に、クーデター未遂事件が起こったことがありました。 96年だか、97年の契約更改時に三沢はじめほとんどの選手がサインを拒否した。三沢らの要求は、待遇改善と、馬場元子夫人の撤退。全日本プロレスでは、CMやらTV出演も馬場以外は基本NG。グッズなどの版権料もなし。また、元子夫人が現場のことにあれこれ口出しすることも当然選手は快く思っていなかった。新日本はグッズの版権料はきちんと選手に払っていたし、プロモーションを兼ねたCM出演やTV出演もやっていたし、その分のギャラで大きく稼げた。プロなんだから、当然稼ぎたいし、素人の経営者夫人のやりたい放題など面白い筈がない。 私には三沢らの気持ちがよく分かるわけですが、このときに馬場さんが側近の和田恭平さんにぼやいた言葉は、 「俺に何かあったら、女房に介護をしてもわらないといけないのに、口出しするな、なんて言えるわけがない」 ・・・馬場さん、天龍さんに逃げられた過去もあるのに、学習能力がないというのか会社の一大事に経営者として公私混同も甚だしい。猪木さんだったら会社の一大事なら自分の女房でもスパッと切り捨てる気がしますけど・・・83年に新日でクーデターが起こった時は自分の右腕だった新間さんも切りましたし。 ジャイアント馬場さんって「経営者として優れていた」と言われますけど本当にそう思いますか? また、よく「馬場さんが生きていたらノア分裂はなかった」と言われますが、もしも馬場さんが長生きされても、鶴の一声で元子夫人を黙らせない限り、三沢たちは脱退していたと思いませんか?

アントニオ猪木は新日本プロレスを株式会社として旗揚げしました。 日プロでの興行のやりかたを否定し 社員は営業ルートを開拓し 各地のプロモーターさん頭を下げて1から関係を築いた。 役員構成は アントニオ猪木社長の身内もいたようですが 社員や門下生のレスラーの中からも役員に昇進させたし 子会社の社長のイスを用意させてます。 例えば星野勘太郎氏には興行会社を任せたし クーデター起こした山本小鉄氏にも 子会社の社長にしてます。 それにどこの会社でもやってる社員旅行もあります。 アリ戦の影響で 社員のボーナスが五千円しか無かったという逸話もありますが 給料の遅延に関しては、いい加減な連中のデマです。 ハイセルの時だってちゃん給付としてる。 それにキラーカーン選手が 病気欠場したアントニオ猪木に代わって TVマッチでアンドレと対戦し視聴率を稼いだ時は 猪木社長の命令で特別ボーナスを支給してます。 このように報酬がプラスされることもあるのです。 それでも内部にいると わからない部分もあると思いますが 新日本を出た人間が悪口をいってようと はたから見れば 他の会社からすれば 新日本はしっかりした会社だと思います。 それと債務が多かったこともあり テレビ局の役員が新日本の役員として送り込まれたことで 結果的なことかも知れませんが 興行・関連グッズ販売・番組の海外輸出・ 番組で収録した試合映像のビデオ化販売 プロレスマスコミ以外の雑誌とも組んだりして 企業として成長して行きました。 それにより社員がレスラーが 経営のノウハウを身につけたことにより クーデターや独立して新団体を作っちゃうこともありましたが…。 これも結果論かも知れませんが アントニオ猪木の門下生や 新日本出身の社員は 自力で食っていける人達が多い。 ジャイアント馬場さんも 全日本プロレスを株式会社として旗揚げしました。 ……しかし……。 興行は、ある組織に丸投げして 各プロモーターはそこから買う形式をとったことで プロモーターの評判は悪く 丸投げだから営業社員は新日本の様に育たない。 沖識名さんの引退興行を企画してた プロモーター協議会に圧力をかけて 興行権を無理やり買取り 周囲の反感を買ったこともある。 プロレスマスコミはこういった部分をファンに伝えない。 称えて媚びることで美徳感あるイメージ作りに成功した。 全日本プロレスの最初の頃の役員の大半は身内と 全日本をバックアップしているところから 送られた人間によって構成されてた。 その後、興行面など見直され一新すると 新日本とは営業面での差がかなりついていた。 その後の役員にしても身内で固められ 門下生や配下のレスラーたちは役員にはならない。 関連グッズの会社も経営者は身内でした。 アントニオ猪木は 経営者とレスラーの面で 後進となる人材を育てたけど ジャイアント馬場さんは 全日本プロレスの経営者を育てようとしなかった。 だから馬場さん死去後に大きな騒動が起きた。 ジャイアント馬場さんが健在だった頃 プロレス業界は全日本プロレスを 馬場商店と云ってました。 でも新日本は猪木商店とは云われてません。 なぜ全日本が馬場商店と云われてたのか。 これが全ての答えになると思います。

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ジャイアント馬場ファンの方々に聞きたいんですが。 90年代、馬場全日本プロレスの四天王が受けて創業以来の活況だった時期に、クーデター未遂事件が起こったことがありました。 96年だか、97年の契約更改時に三沢はじめほとんどの選手がサインを拒否した。三沢らの要求は、待遇改善と、馬場元子夫人の撤退。全日本プロレスでは、CMやらTV出演も馬場以外は基本NG。グッズなどの版権料もなし。また、元子夫人が現場のことにあれこれ口出しすることも当然選手は快く思っていなかった。新日本はグッズの版権料はきちんと選手に払っていたし、プロモーションを兼ねたCM出演やTV出演もやっていたし、その分のギャラで大きく稼げた。プロなんだから、当然稼ぎたいし、素人の経営者夫人のやりたい放題など面白い筈がない。 私には三沢らの気持ちがよく分かるわけですが、このときに馬場さんが側近の和田恭平さんにぼやいた言葉は、 「俺に何かあったら、女房に介護をしてもわらないといけないのに、口出しするな、なんて言えるわけがない」 ・・・馬場さん、天龍さんに逃げられた過去もあるのに、学習能力がないというのか会社の一大事に経営者として公私混同も甚だしい。猪木さんだったら会社の一大事なら自分の女房でもスパッと切り捨てる気がしますけど・・・83年に新日でクーデターが起こった時は自分の右腕だった新間さんも切りましたし。 ジャイアント馬場さんって「経営者として優れていた」と言われますけど本当にそう思いますか? また、よく「馬場さんが生きていたらノア分裂はなかった」と言われますが、もしも馬場さんが長生きされても、鶴の一声で元子夫人を黙らせない限り、三沢たちは脱退していたと思いませんか?

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