歴史的経緯が大きく影響してますよ。
欧州王者を決める大会(欧州チャンピオンズカップ)が始まって、それに触発されて南米王者を決める大会(リベルタドーレス杯)もでき、両王者が戦って雌雄を決するインターコンチネンタルカップが60年にスタート。
この大会はホーム・アンド・アウェー方式でしたが、サポーターの狂暴化などで欧州王者が参加を嫌がるようになり、70年代に大会は存続の危機になりました。
そこで中立地での開催案が持ち上がり、電通がトヨタを誘って81年(80年度)に日本開催トヨタカップとして再スタートしました。
なお、インターコンチネンタルカップもトヨタカップも欧州サッカー連盟と南米サッカー連盟の主催で、FIFA直轄の大会ではありませんでした。
12月上旬開催は81年の第2回トヨタカップから続いています。
(81年は2月に第1回大会をやって12月に第2回大会を開催) 理由はこの時期が両大陸のスケジュールに余裕があったから。
以降、この時期にずっと開催されているので、変更することはなかなか調整が難しいでしょうね。
90年代にFIFAは各大陸王者による大会の開催を模索し、00年にクラブ世界選手権をブラジルで開催。
01年はスペインで開催予定でしたが、関係企業の倒産の影響で中止。
05年にクラブ世界選手権はトヨタカップを吸収する形で復活。
FIFAは各大陸持ち回りの開催を構想していましたが、とりあえず日本開催が続くことに。
06年に名称がクラブワールドカップに変更。
09年から開催国の立候補を募る形となり、09・10年がUAE、11・12年が日本、13・14年がモロッコ、15・16年が日本、17・18年がUAEまで決まっています。
カタールで開催したことはありません。