匿名さん
元阪神の中井悦雄投手を知ってますか? 1963年 中井の三十日までの記録はつぎのとおりだ。
試合数19、完投7、救援11、13勝1敗、投球回数111、1/3イニング、自責点14、防御率1・13。
野武士これは真っ黒に日に焼けたたくましい風ぼうから土井垣コーチがつけたニックネームだがサムライのように負けることがきらいだ。
研修期間50試合の山尾、辻(佳)が百試合の中井より先に一軍入りしたときはくやしがった。
関大を一年で中退して阪神入りしたのも中途はんぱなことがきらいな性格からだ。
「勉強と野球、両方うまくやっていくほどぼくは器用じゃないんです。
中途はんぱな状態で野球をやるくらいなら思い切ってプロにはいった方がいいと思ったんです。
いまではプロの道を選んでよかったと思っています」シーズンのはじめ山尾、辻(佳)の仲のよいグループは禁酒同盟をつくった。
これからどんな逆境に立っても酒に救いを求めないというのがねらいだ。
だが三人はその翌日、洋酒のビンを合宿に持ち込んだ。
禁酒同盟を結んだが、それまで三人はまだ酒を飲んだことがない。
「永久に飲まないんだから一度だけ酒の味を知っておこうと思ったんですよ」 チームのなかのライバルは山尾、辻(佳)だが、チームの祖とのライバルは近鉄の土井だ。
大鉄高時代、同じクラスで机をならべ、三十五年甲子園の選抜大会にはともに投手で出場した。
近鉄の主軸として活躍する土井をみるだびにむくむくとファイトがわくという。
「いつかきっと日本シリーズで対決しようって二人で話しているんですよ」阪急合宿虎風荘の四階、部屋のなかには村山(関大先輩)のピッチング・フォームの写真が何枚もはってある。
「村山さんのような投手になることが目標なんです」こういって中井は目を輝かす。
入団以来つきっきりでみている土井垣コーチの採点はこうだ。
「入団当時はただ速い球を投げるだけで荒っぽいだけだったが、いまは違う。
コントロールも見違えるようによくなった。
カーブもシャープな切れをみせるようになったし、一軍にあがってもすぐ使えそうだ。
だがまだシュートが弱い。
これからシュートをマスターすることだ。
なにくそという気持ちは人一倍強いし、エースになる素質は十分備えている」一軍入りの日も目の前に迫っている。
「早く研修期間があけないかと思っていたんですが、実際に近づいてくるとちょっと心配です。
でも打たれてもともとという気持ちでやりますよ。
辻(佳)さんが今シーズン五本ホームラン打つのとぼくの1勝とどっちが早いか競争しているんです」やはり強気だ。