元巨人の渡海昇二選手を知ってますか? 1963年 一塁側ベンチからもっとも遠いところ(左翼)を守っていたのだからムリも

元巨人の渡海昇二選手を知ってますか? 1963年  一塁側ベンチからもっとも遠いところ(左翼)を守っていたのだからムリも

元巨人の渡海昇二選手を知ってますか? 1963年 一塁側ベンチからもっとも遠いところ(左翼)を守っていたのだからムリもないが、一番最後からトボトボと引きあげてきた。はでにたたかれるフラッシュにちょっと意外だといった表情。「いい当たりだったね。文句ないよ」待っていたナインからほめられてやっと口もとがゆるむ。「ゆるいカーブだったね。それも真ん中。監督さんに中途はんぱな打ち方だけはするなと注意されたんで、思い切って振ったんだ。カネさん(金田)からはことしはじめてのヒットだ。でも・・・」あとをにごしたのは、あれならだれでも打てるといいたかったらしい。それでも五回の満塁では代打に使ってもらいたくてずいぶん苦労したそうだ。「絶対右バッターが指名されるのはわかっていたから、ちょっとまわりをみまわしてみたんだ。そしたら三、四人はいるじゃないか。これはいけないと思ってバットをにぎったり、おおげさな体操をしてみせたり・・・。まあこんなデモンストレーションがきいたんでしょうね。ヘッヘッヘ」はじめて声を出して笑った。しかしこの日は別にもうひとつヒットを打ちたい理由があった。それは国鉄の根来捕手が「どうしてもオレの下においてやるんだ。そうしないとオレが心細くなる。だからきょうアイツが出てきたら徹底的にマークしてやるぞ」といっていたのをきいたからだ。打撃三十傑の二十九位が根来、ビリの三十位が渡海というのがその理由だ。「それならどうしても打ってやろうと思ったね。ビリじゃ情けないもの。でもゴロちゃん(根来)きっと頭にきただろうね。ぼくのヒットでゾロゾロ走者がかえってくるまで見せられちゃったんだからね」この三月、品川の下宿から渋谷に移転。心機一転をはかっていまコンディションは最高、調子も急上昇しているという。「からだが早く開きすぎるといわれた欠点も、もうだいぶなおったし、ゲームにもすっかり慣れたつもり。やはり目標は先発メンバーで出ることだな。まだまだ若いんだから、これからですね」自分で立てた見通しも明るい。川上監督もシーズン初めのころは「何試合か続けて出すと、もう疲れた、というらしいね」と苦笑していたが、このごろでは五番にすえる信頼ぶりだ。

知らなかったので調べました。 芦屋高等学校では、1956年に中堅手として春の選抜に出場する。 準決勝まで進むが中京商の安井勝投手(立大-丸善石油)に完封を喫する。 中京商はこの大会で優勝。1学年下のチームメートに左翼手の寺本勇がいた。 卒業後は慶應大学に進学する。 東京六大学野球リーグで優勝はできなかったが、主将として1960年秋季リーグの早慶六連戦で活躍、同季のベストナイン(外野手)に選出される。 リーグ通算81試合出場、290打数76安打、2本塁打、31打点、打率.262。 1961年に読売ジャイアンツ入団。 1年目から一軍に定着し、外野手の準レギュラーとして23試合に先発出場。 同年のリーグ優勝に貢献し、南海ホークスとの日本シリーズ第1戦では六番打者、左翼手に起用されるが無安打に終わった。 1963年は、開幕直後から一番打者に抜擢されたが、打撃成績が上がらず、1964年に東映フライヤーズに移籍。 ここでも4月には一番打者、中堅手として起用されるが、結果を残せず、同年限りで引退した。 通算293SIAI出場 484打数 98安打 8本塁打 40打点 .202 背番号 5 (1961年 - 1962年) 50 (1963年) 51 (1964年) このごろでは五番にすえる信頼ぶりだ… 大田泰示も4番を打ったなぁ。

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元巨人の渡海昇二選手を知ってますか? 1963年 一塁側ベンチからもっとも遠いところ(左翼)を守っていたのだからムリもないが、一番最後からトボトボと引きあげてきた。はでにたたかれるフラッシュにちょっと意外だといった表情。「いい当たりだったね。文句ないよ」待っていたナインからほめられてやっと口もとがゆるむ。「ゆるいカーブだったね。それも真ん中。監督さんに中途はんぱな打ち方だけはするなと注意されたんで、思い切って振ったんだ。カネさん(金田)からはことしはじめてのヒットだ。でも・・・」あとをにごしたのは、あれならだれでも打てるといいたかったらしい。それでも五回の満塁では代打に使ってもらいたくてずいぶん苦労したそうだ。「絶対右バッターが指名されるのはわかっていたから、ちょっとまわりをみまわしてみたんだ。そしたら三、四人はいるじゃないか。これはいけないと思ってバットをにぎったり、おおげさな体操をしてみせたり・・・。まあこんなデモンストレーションがきいたんでしょうね。ヘッヘッヘ」はじめて声を出して笑った。しかしこの日は別にもうひとつヒットを打ちたい理由があった。それは国鉄の根来捕手が「どうしてもオレの下においてやるんだ。そうしないとオレが心細くなる。だからきょうアイツが出てきたら徹底的にマークしてやるぞ」といっていたのをきいたからだ。打撃三十傑の二十九位が根来、ビリの三十位が渡海というのがその理由だ。「それならどうしても打ってやろうと思ったね。ビリじゃ情けないもの。でもゴロちゃん(根来)きっと頭にきただろうね。ぼくのヒットでゾロゾロ走者がかえってくるまで見せられちゃったんだからね」この三月、品川の下宿から渋谷に移転。心機一転をはかっていまコンディションは最高、調子も急上昇しているという。「からだが早く開きすぎるといわれた欠点も、もうだいぶなおったし、ゲームにもすっかり慣れたつもり。やはり目標は先発メンバーで出ることだな。まだまだ若いんだから、これからですね」自分で立てた見通しも明るい。川上監督もシーズン初めのころは「何試合か続けて出すと、もう疲れた、というらしいね」と苦笑していたが、このごろでは五番にすえる信頼ぶりだ。

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