元東映の橋詰文男投手を知ってますか? 1959年 関西六大学リーグ、同志社大のエース、橋詰文男投手はこのほど東映入りを決意し、三日その意思を明らかにした。同選手はいったんは日本生命に就職をきめていたが、その後東映、阪神、阪急、大毎、南海、近鉄の六球団から熱心に勧誘され、ついにプロ入りを決意。条件その他を検討した結果、東映入りに踏み切ったものである。同選手の家族から本人の就職をいっさいまかされている岡口(おかぐち)同大野球部監督は「本人の意思を尊重する」といっているので東映入団は決定的とみられる。 橋詰選手の話 「監督さんから各チームの条件は全部ききました。東映を選んだのはごたごたもなく働きやすいチームだと思ったからです」 三十一年大阪淀川工から同大に進学。本格派投手として活躍。打っても四、五番を打ちシャープなバッティングをみせ、関西六大学きってのスラッガー。プロから目をつけられたのはこのバッティングだともいわれている。主将で文字通り投打の中心。秋のリーグ戦にはその活躍でAクラスに食いこむことができた。工学部4年。二十一歳。左投左打、1㍍76、72㌔。