清原と野村がクスリに手を出してのは巨人時代からというけど、原因は長嶋監督のカンピューター采配とナベツネというフロントのせ

清原と野村がクスリに手を出してのは巨人時代からというけど、原因は長嶋監督のカンピューター采配とナベツネというフロントのせ

清原と野村がクスリに手を出してのは巨人時代からというけど、原因は長嶋監督のカンピューター采配とナベツネというフロントのせいじゃないですか? 偉大すぎる長嶋さんとナベツネを批判するのはプロ野球界のタブーでしょうけど。 僕は清原がクスリに手を出したという1998年頃、まだ住んでいる仙台に楽天が出来てなかったから「なんちゃって巨人ファン」(東北人のほとんどが楽天以前はそうだった)で、巨人を応援していた。でも、「長嶋監督の意味不明の采配では絶対に優勝も日本一もない。巨人が勝つためには長嶋監督をクビにするしかない」と確信していた。 色々な長嶋さんのエピソードがあるけど監督時代にも、背番号35番で外野手の清水のことを「おい、柳田」(長嶋第1次政権の時の背番号36番の外野手)と呼んだり、1999年には上原をずーっと「二岡」と呼んでいたり、第1次政権の時に「代打上田」と言いながらバントのジェスチャーをしたり、それが全部ネタじゃなくて事実だったというんだからプレイしている選手たちはたまったものじゃなかっただろう。 結局、長嶋カンピューター采配というのは、長嶋監督の意味不明の采配をコーチとベテランの落合などが、なんとか監督のワガママをフォーローしながら勝ちにもっていくという疲れる采配だったと聞いている。落合も巨人時代に「長嶋さんを一番尊敬している」と言っていたけど、「長嶋さんはファンのことを考えて140試合全部を全力で勝ちにいく采配をしていた。普通の監督は何試合かは負けても仕方がないと考えるのだが、あの人はファンを一番に考えて負けるということを考えない人だった。長嶋さんの野球観は誰にも理解できない」と言っていた。だから、落合は中日の監督になった時に、「長嶋監督のようにファンを喜ばせる楽しい野球は僕にはできません。退屈な野球で優勝と日本一だけを目指します」と宣言していた。 特に清原、野村共に西武の森、オリックスの仰木という頭脳派の監督からカンだけの監督になっただけに意味不明な采配には戸惑っただろう。それで、長嶋=巨人軍というオールドファンたちのせいで、「勝てば長嶋監督の手柄、負ければコーチと選手の失敗」というのが当時の巨人の試合の報道だったから、選手とコーチにとってはたまったものではなかったと思う。 それで、2000年にダイエーから工藤、阪神からメイ(共に巨人にはいなかった左投げ)、広島から江藤、西武からマルチネスという超大形補強をしてやっと1996年以来の優勝を達成した。清原が巨人に来て初めての優勝だった。その時も「長嶋監督おめでとう!」という報道が多かった。 巨人が1997年から1999年まで優勝を逃していた時に選手たちは、「何で俺たちばかりが叩かれるんだ?原因は長嶋監督の意味不明な采配とバカなフロントが・・・これはタブーなのか」というふうに怒っていたのは当たり前だと思う。それでストレスがすごくたまったから野村も清原もヤクに手を出した、こういふうに考えられるのではないか?だいたい、パリーグのチームが負けてもベタ記事扱いだけど、巨人が負けると必ずスポーツ新聞の一面だからね。 野村と清原が巨人時代にヤクに手を出していて巨人の選手も多くがそれを知っていたと報道されているけど、長嶋カンピューター采配でストレスがたまっていたんじゃないかな?

野村が薬物に手を出したのがオリックス時代である事は、すでに野村自身の時に明らかになっています。全く違いますね。 ストレスというのが薬物に手を出す一因になることはあるのかもしれません。ですが、それがなんだというのでしょうか。ストレスに直面したとき、誰もが薬物に手を出すのでしょうか。それは仕方のないことなのでしょうか。そんなことはありません。薬物に手を出したのは、清原だから、野村だからです。 憶測や、無理矢理なストーリーまでくっつけて清原を擁護する投稿が目立ちますが、全く意味のないことだと思います。何をどう言おうが悪いのは清原自身です。

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清原と野村がクスリに手を出してのは巨人時代からというけど、原因は長嶋監督のカンピューター采配とナベツネというフロントのせ

清原と野村がクスリに手を出してのは巨人時代からというけど、原因は長嶋監督のカンピューター采配とナベツネというフロントのせいじゃないですか? 偉大すぎる長嶋さんとナベツネを批判するのはプロ野球界のタブーでしょうけど。 僕は清原がクスリに手を出したという1998年頃、まだ住んでいる仙台に楽天が出来てなかったから「なんちゃって巨人ファン」(東北人のほとんどが楽天以前はそうだった)で、巨人を応援していた。でも、「長嶋監督の意味不明の采配では絶対に優勝も日本一もない。巨人が勝つためには長嶋監督をクビにするしかない」と確信していた。 色々な長嶋さんのエピソードがあるけど監督時代にも、背番号35番で外野手の清水のことを「おい、柳田」(長嶋第1次政権の時の背番号36番の外野手)と呼んだり、1999年には上原をずーっと「二岡」と呼んでいたり、第1次政権の時に「代打上田」と言いながらバントのジェスチャーをしたり、それが全部ネタじゃなくて事実だったというんだからプレイしている選手たちはたまったものじゃなかっただろう。 結局、長嶋カンピューター采配というのは、長嶋監督の意味不明の采配をコーチとベテランの落合などが、なんとか監督のワガママをフォーローしながら勝ちにもっていくという疲れる采配だったと聞いている。落合も巨人時代に「長嶋さんを一番尊敬している」と言っていたけど、「長嶋さんはファンのことを考えて140試合全部を全力で勝ちにいく采配をしていた。普通の監督は何試合かは負けても仕方がないと考えるのだが、あの人はファンを一番に考えて負けるということを考えない人だった。長嶋さんの野球観は誰にも理解できない」と言っていた。だから、落合は中日の監督になった時に、「長嶋監督のようにファンを喜ばせる楽しい野球は僕にはできません。退屈な野球で優勝と日本一だけを目指します」と宣言していた。 特に清原、野村共に西武の森、オリックスの仰木という頭脳派の監督からカンだけの監督になっただけに意味不明な采配には戸惑っただろう。それで、長嶋=巨人軍というオールドファンたちのせいで、「勝てば長嶋監督の手柄、負ければコーチと選手の失敗」というのが当時の巨人の試合の報道だったから、選手とコーチにとってはたまったものではなかったと思う。 それで、2000年にダイエーから工藤、阪神からメイ(共に巨人にはいなかった左投げ)、広島から江藤、西武からマルチネスという超大形補強をしてやっと1996年以来の優勝を達成した。清原が巨人に来て初めての優勝だった。その時も「長嶋監督おめでとう!」という報道が多かった。 巨人が1997年から1999年まで優勝を逃していた時に選手たちは、「何で俺たちばかりが叩かれるんだ?原因は長嶋監督の意味不明な采配とバカなフロントが・・・これはタブーなのか」というふうに怒っていたのは当たり前だと思う。それでストレスがすごくたまったから野村も清原もヤクに手を出した、こういふうに考えられるのではないか?だいたい、パリーグのチームが負けてもベタ記事扱いだけど、巨人が負けると必ずスポーツ新聞の一面だからね。 野村と清原が巨人時代にヤクに手を出していて巨人の選手も多くがそれを知っていたと報道されているけど、長嶋カンピューター采配でストレスがたまっていたんじゃないかな?

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