豊田喜一郎さんと本田宗一郎さん、どちらの方がより崇高な理念をお持ちの方ですか? 3月にTOYOTAの創業者を題材にしたド

豊田喜一郎さんと本田宗一郎さん、どちらの方がより崇高な理念をお持ちの方ですか? 3月にTOYOTAの創業者を題材にしたド

豊田喜一郎さんと本田宗一郎さん、どちらの方がより崇高な理念をお持ちの方ですか? 3月にTOYOTAの創業者を題材にしたドラマがあり感動しました。 創業者は「日本人の手で日本の国土にあった日本人の為の純国産車を作る」「日本中を走る車がアメ車で良いのか」「GMやフォードに日本人が奴隷のようにこき使われていいのか?」ということをドラマでも実際にも良く言っていたそうですがとても日本を背負った人だと思いました。 自分の会社が成功して儲かれば良いやという考えではなく日本の国益や将来を凄く考えた人だと解りました。 イギリスに渡って車を見て日本でも必ず車社会になると予感した先見の明。 豊田自動織機だけでも食っていけるだけの財を持っていながら大博打で失敗したら巨額の負債しか残らない車作りを始めた所に感激しました。 当時財閥でさえ車作りにはリスクがあるということで消極的な中で純国産車を作らねばという使命感を背負ってました。 本田さんは根っからの技術屋で職人で子供の頃から機械弄りが好きでとにかく車大好きという感じがしました。 経営権は藤沢さんに預けてたそうですし。 海外では本田さんの方が知名度も抜群で特にアジアの国々では日本人で最も尊敬もされている一人と聞きます。 どちらも日本にとっては偉大な人物でありとても優劣をつけられるような人物ではないことは承知してます。 戦前と戦後では自動車事業を立ち上げるのは随分事情は違うと思います。 TOYOTAは自動車作りのノウハウも無くゼロからのスタートで、本田は小さな町工場から世界的な大企業になったというのでそれぞれ苦難の道ではあったとは思うのでどちらもとんでもない偉業ではあるのですが。 どの人も本田さんを語る時にとにかく生涯夢を追いかけた人で情熱家と言いますが、日本の国益とか将来とかそう言う考えもあった人なのでしょうか?

国益という点では 日本は資源のない国なので 日本の将来のあるべき姿を 工業立国、輸出産業で外貨を稼ぐ、 これで行くしかないと いち早く、海外展開を進めて 先頭を走って外貨を稼いでいたのがホンダですよ。 本田宗一郎は二輪の海外レースで 世界の風を知る機会が多くあり、 資源が無い、港が無い、道路が無い と無いものばかり挙げるのではなく、 精密時計機械工業で有名な、内陸のスイスのように 日本も工夫して知恵を出して世界に通用する技術を 養い、高めていくべきであると思う と、当時の心境を著書の中で書いています。 ホンダが資本金数千万のまだまだ小さな会社だったころです。 当時の金額で総額数億円で 外国製工作機械を何台も購入したことがありました。 会社の規模から言って今では考えられない大変な負債です。 でもその時は、 もしこれでホンダがつぶれても、この工作機械は日本に残って どこかへ貰われて日本工業の役に立つ、 と豪語していたといいます。 常に世界へ目を向けていて 日本人のための車ではなく 世界中の人が使える乗り物を、 こういう人だったそうです。 アメリカで売れない商品は世界中で売れることはないと スーパーカブを北米へ輸出して成功させ、 四輪ではマスキー法をクリアしてホンダの名を広めて シビックを世界戦略車へと押し上げ どのメーカーよりも先に北米へ現地生産を進めてきました。 あのドラマは、スポンサーのためのドラマです。

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豊田喜一郎さんと本田宗一郎さん、どちらの方がより崇高な理念をお持ちの方ですか? 3月にTOYOTAの創業者を題材にしたドラマがあり感動しました。 創業者は「日本人の手で日本の国土にあった日本人の為の純国産車を作る」「日本中を走る車がアメ車で良いのか」「GMやフォードに日本人が奴隷のようにこき使われていいのか?」ということをドラマでも実際にも良く言っていたそうですがとても日本を背負った人だと思いました。 自分の会社が成功して儲かれば良いやという考えではなく日本の国益や将来を凄く考えた人だと解りました。 イギリスに渡って車を見て日本でも必ず車社会になると予感した先見の明。 豊田自動織機だけでも食っていけるだけの財を持っていながら大博打で失敗したら巨額の負債しか残らない車作りを始めた所に感激しました。 当時財閥でさえ車作りにはリスクがあるということで消極的な中で純国産車を作らねばという使命感を背負ってました。 本田さんは根っからの技術屋で職人で子供の頃から機械弄りが好きでとにかく車大好きという感じがしました。 経営権は藤沢さんに預けてたそうですし。 海外では本田さんの方が知名度も抜群で特にアジアの国々では日本人で最も尊敬もされている一人と聞きます。 どちらも日本にとっては偉大な人物でありとても優劣をつけられるような人物ではないことは承知してます。 戦前と戦後では自動車事業を立ち上げるのは随分事情は違うと思います。 TOYOTAは自動車作りのノウハウも無くゼロからのスタートで、本田は小さな町工場から世界的な大企業になったというのでそれぞれ苦難の道ではあったとは思うのでどちらもとんでもない偉業ではあるのですが。 どの人も本田さんを語る時にとにかく生涯夢を追いかけた人で情熱家と言いますが、日本の国益とか将来とかそう言う考えもあった人なのでしょうか?

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