匿名さん
山にまつわる不思議な体験談、怖い体験談を聞かせてください。
他人から聞いた話しでは無くご自身が体験した話しでお願いします。
まず僕から。
長野県上田市の山にて。
ある夏の日、僕は、墓地での伐採を依頼されます。
なにしろ墓地であり、デタラメに木を倒す訳にはいきません。
なので、事業体や森林組合に依頼したところ、勘弁してくれと、 冷たく断られてしまったそうです。
そこで僕に話が来たのですが、 依頼理由が気に入らず、僕自身、乗り気ではありませんでした。
なんと、その伐採の依頼理由とは、落ち葉の掃除が面倒と言う、 余りに身勝手な理由だったのです。
なら山の中に墓建てるなよ。
しかし、他に頼りがいないとの事で、なくなく引き受けました。
実を言うと、僕自身、特伐と言う、普通なら倒せない木の伐倒を、 得意としていました。
なので、現場に着いた僕は、まず、 墓地には手を付けず、ワイヤーを引く土台となる、専門用語で言う、 台付けとなる木を求め、墓地の裏山の除伐に取り掛かるべきであると、 瞬時に判断しました。
因みに除伐とは、背の低い木や、細い木、 ツルや草などと言ったメインの木の生育の妨げとなる植物の除去作業で、 それは、チェーンソーでは無く、刈り払い機で行う作業です。
当然、 草苅刄では木を切れませんので、そこも専用の除伐刄を使用します。
そして、除伐を行うこと数分、ガッという音と共に、刃こぼれしました。
因みに刈っていた場所はツルが生い茂り、こんもりとしている所でした。
中に何があるのやら、その時の僕には想像もつきません。
なので僕は、 とりあえず目立てをし、刃を直すと、そのツルの塊をかき分けました。
するとそこには、古びた石の彫刻が・・そう、無縁仏です。
しかも、一つだけではなく、ツルが塊っている部分は全てそれであり、 中には、ツルを取り除いただけで倒れてしまうものや、年月の末か、 溶けている物まで・・。
僕自身、霊の存在には懐疑的ですが、 その時ばかりは「ちゃうねん。
悪気はないねん。
綺麗にしてるだけや。
」 と、独り言を言ってしまいました。
怖い(;_;) 埼玉県中津川にて。
(下記画像) 近年、中津川では、峠まで林道が通った影響か、登山道が廃れています。
その登山道の有無は、かろうじて朽ちた木の階段や、手すりの跡、 または錆びて紙の無い入山届け受けが教えてくれる程度です。
しかし、僕は、そういう道こそ好きであり、昆虫採集家という性質上、 誰も足を踏み入れない場所の探索が日課です。
なので、中津川での僕も、 数ある登山道を、いくつも制して来ました。
そんなある日、僕は、 背丈ほどの草が生い茂った、旧林道跡地のような道を見つけ、 その先にまだ見ぬ登山道があるかも知れないと、いきり立ちます。
すると、草をかき分けた先に、タバコの煙がプカリ。
なんと、 そんな草地の中で、ママチャリから降り、腰を降ろしながら、 タバコをくゆらす老爺がいたのです。
僕は、不思議に思いながらも、 形式的に挨拶をします。
するとその老爺は、僕に対し何をしに来たかと、 もろにブーメランと言えるような問いかけをしてきました。
なので僕は、 古い登山道を探していると、素直に答えました。
すると老爺は、 僕の行く先を指差すと、この先に地元民しか知らない、いわゆる、 秘密の登山道があると教えてくれました。
なので僕は、お礼を言うと、 その方向に向かって歩みを進めます。
すると、辺りは急に開け、 そこには一つの廃屋が・・。
何故その地だけ草木に覆われていないのか、 誰かが管理しているのか、疑問は沢山ありますが、一番の疑問は、 どう見ても行き止まりであり、登山道など、存在しない事でした。
なので僕は、引き返すと、すでに老爺の姿はありませんでした。
あの老爺は何者で、一体僕をどこに連れて行こうとしたのでしょうか? そもそも、何故、中津川林道をママチャリで? 怖い(;_;) 茨城県八溝山にて。
そこの登山道は、複数に枝分けれしており、まるで迷路です。
しかし、案内板がある為、まず遭難はしません。
そして正午過ぎ、 僕は老夫婦とすれ違い、挨拶を交わします。
そして間もなく、 天気は崩れ、大雨となりました。
なので僕は、車に戻ると、 帰路に着きます。
しかし、夜には雨足が弱まるとの事なので、 僕は、灯火採集の決行を決意すると、踵を返し、コンビニで夕食を買い、 夜を待ちます。
そして夜。
辺りは人気も無く、熊も鹿も出ない為、 灯火採集セットは放置で、登山道内を探索可能です。
すると、 遠くで何かの気配が・・・ライトを持たない事から人ではありません。
熊も鹿も出ない。
では、一体?その正体は、昼間の老夫婦でした。
遭難し、真っ暗闇の中で身動きが取れず、僕の気配に気づき、 声を上げたそうです。
その後、灯火採集を中断し、老夫婦を送りました。
天候が崩れた後、帰宅をしなかった自分に対し、 その老夫婦との妙な縁を感じ、不思議な気分でしたとさ。