元阪神の安部和春投手を知ってますか? 1967年 オープン戦とはいえ、同一リーグ、しかも昨年の二位と三位の顔合わせ。公式戦なみのふんいきがあった。この両者、過去二年間の対戦成績は四十年が14勝13敗で阪神、昨年は逆に中日が15勝11敗と勝ち越している。試合前の打撃練習から西沢、藤本両監督の目の色はすでに違っていた。キャンプで鍛えこんだ中日の燃える野球と阪神の機動力に両監督は互いにさぐりを入れた。とくに阪神は昨年このカード10回戦までに、わずか2勝しかできなかった。藤本監督はグラウンドにくるなり、こういった。「中日は前日に先発メンバーを発表したが、うちは手のうちはみせません。メンバーを落とすかもしれん。しかし、負けられん」こういう藤本監督であるが、ことばことばとはウラハラにベストオーダー。やはり負けたくはなかったし、中日の力をしらべてみたかったのだ。試合前になって初めて安部に先発を伝えた。本番でこうした、抜きうち登板があることを安部に予告したのではなかろうか。昨年、安部は中日戦では1勝1敗、防御率が12回1/3で3・50、この1勝も最終戦でやっとつかんだものだった。中日に強い他の投手に投げさせず、あえて安部を起用したのも、中日に一つの自信をつけさせようというふくみが多分にあった。安部は六度目の登板ではじめて6回1/3も投げたが、よかったのは得意のアベボール。風も変化球に有利、阪神に移籍以来、久しぶりに見せたすごい落ちるタマだった。「なるほど、よく落ちる。こんなタマを持っている安部には気をつけないかん」と江藤はアベボールを再認識。代打ホーマーをカッとばした葛城は「落ちるタマはすごいが、昨年と同じようにフォークボールは決まらない。ワシがねらったのはフォークボールだった」とフォークボールのコントロール不足をすばやく見ぬいた。昨年、16回代打に出て5打席連続安打をはじめ6割6分7厘と驚異的な代打率を上げた男。たった一度の打席で安部の長所と欠点を頭にたたきこんでいた。中日は、近鉄から移籍した久保を投げさせた。自ら手のうちを公開する半面、阪神打線を相手に久保がどのようなピッチングをするかを西沢監督はテストしたようだ。阪神は、久保のタマにててこずった。「久保のシュートと落ちるタマはいいネ」西沢監督は収穫はあったといったえみを浮かべた。一方の、藤本監督はムッとしていた。勝つには勝ったが、四番までの上位打者がそろいもそろってノーヒット。腹が立ってしようがない。それを考えると相手のことを調べるひまはなかった。同じように、西沢監督も、阪神の手のうちは見られなかったという。だが、これは外交辞令のように見受けた。試合が終わると両監督は申しあわせたように、自軍のスコアラーになにかを書き込ませていた。