匿名さん
元阪急の安藤治久投手を知ってますか? 1963年 グルリとまわりを取りかこんだ報道陣。
カメラのフラッシュ。
その真ん中で安藤はノンビリ立っていた。
鼻の頭に吹き出る汗をふこうともしない。
「五回の二塁打?あれはまっすぐ。
初球からねらっていたんですよ。
ピッチャーは追い込まれると打てませんからね」ボソボソとした返事に、広がっていた軸がグンと小さくなった。
「ええ、七回の1点、あれで勝てると思いました。
あの犠打、大きかったでしょう。
あれが抜けていたら・・・いい当たりだったな」最後の方はひとりごとのようにボツリといい、打球のとんでいった中堅方面をじっとみつめた。
「投打の活躍で気持ちがいいでしょう」という質問に「さあ、久しぶりだしシャットアウトしたかったな」五月二十五日大阪球場で南海を完封して以来四十一日ぶりの勝ち星というのに、表情一つかえない。
「一番のピンチは?」と聞かれると「六回青野を歩かせて張本とあたったとき。
でも二死だったしね。
きょうはシュートがよく切れました。
球も速かったですよ。
直球がのびていたから前半はストレート、後半はカーブでカウントをかせいでシュートで勝負しました」これだけ一気にいう間にゼスチャアはグローブを二、三度両手でひっくり返しただけ。
鼻の頭がポトリと胸もとに落ちるとあわてて人さし指でピンと鼻の汗をはじきとばした。
「笑って下さい、ニッコリと」カメラマンが注文すると「そんなにうまく笑えないよ」とまじめくさって答えながらしぶしぶ笑顔をみせた。
小さく安藤を取りかこんでいた輪もこれで解散。
バスに向かう安藤は「笑えたって・・あれ営業用だよ」とまだ最後の笑顔にこだわっていた。