元阪神のバッキー投手を知ってますか? 1963年 二日、中日七回戦に勝つまでは弱々しくこういっていた。「一つでもいいから勝ち星をあげたい」いまは違う。「ワン・モア(もう一つ)」と声にも力がこもっている。弱気な投手から強気な投手に生まれ変わらせたその初勝利の感激をこういった。「あんなにうれしかったことはない。生まれたばかりの子供を初めて抱きあげたときのような気持ちだった。そんなとき、どんなパパでも思うようにようし、もっともっとやるぞというファイトがもりもりわいてきた」こんないい方をする子ばんのうだ。住居は西宮市浜甲子園の小さなアパート。ここにいるときは、いっときも長女のリタちゃん(四か月)をそばからはなさない。四日、バッキーはアパートでやはりリタちゃんを抱いていた。「五月二十六日の大洋戦では惜しいところで完全試合をのがしてしまったけど、それより残念だったのは勝ち投手になれなかったことだ。でもあの試合で自信のようなものができた」すぐ野球の話だ。リタちゃんが大きな目をクリクリさせて、一気にしゃべりまくるパパを不思議そうに見あげると、ふっくらとしたリタちゃんのホオを指でちょんと突っついてやさしく笑った。「いま調子がいいのも、リタという気分転換があるからだ。どんなにムシャクシャしているときでも、リタの顔を見ると・・・」うっとうしい雨がアパートの小窓を打ちつづける。「またきょうも試合は中止だ。雨で試合が流れると、調子の持っていき方がむずかしいね」せっかくのぼり始めた調子を、雨で狂わせたくないのだろう。うらめしそうに窓の外へ目をやった。アメリカでも一シーズンの最高の勝ち星は1958年C級のダラスにいたときの11勝。だから今シーズンの目標も11勝を越えることにおいている。「でもいまは何勝するなんでいうのはちょっとはずかしい。まずワン・モアしたら、またワン・モアを心がける。さしあたってつぎの勝ち星は、トップ・チームの巨人からあげたいね。王、長島はすばらしいバッターだ。巨人に勝つためには王、長島をマークしなければダメだ。しかしあの人たちはウイークポイントがない」だがバッキーはひそかにON砲攻略に自信を持っている。国鉄の金田が五月二十九日、超スローボールで王、長島を牛耳ったことを知っているからだ。バッキーはスローカーブが武器だ。「スローカーブと速球、それにチェンジアップをまぜてタイミングをはずしてうちとるんだ」王、長島がボックスにはいったときのピッチングはもうきまっている。「バッキーが調子をあげてきたのは大きい。記録にあらわれた勝ち星は一つだが、実際は3勝ぐらいの価値がある。五月五日の対中日戦、大洋を九回一死まで完全に押えたピッチングだ。今シーズン調子がいいのはスピードが増したからだ。大きく落ちるカーブも速球があるから効果的になるのだ。小山につぐ投手が出てきたことはこれからの三連戦で非常に有利になる」藤本監督をすっかり喜ばせたバッキーは、午後三時雨の中を甲子園雨天練習場を出かけた。