元ロッテの小金丸満選手を知ってますか? 1971年 「勝ち負けは二のつぎ。素質のある選手をどんどん一軍へ送り出す役目に徹したい」こういって、大沢監督と入れ替わりにロッテの二軍監督に就任した濃人監督が、ファームを指揮して四十日余りたった現在、最も期待をかけているのが小金丸内野手だ。「魅力のある選手は、なにか人にはない要素があるものだが、小金丸も人なみはずれた馬力という大きな特徴を持っている」と濃人監督は芽を細める。「監督さんはそんなことをいってますか。腕相撲をやってもそんなに強い方じゃないんですがね」と本人は首をひねるが、濃人監督は単なるクソじからでなく小金丸の持っているバッティング・パワーに注目しているのだろう。八月下旬に中国九州路を転戦した巨人相手の六試合で、湯口、松原、島野という巨人のあすをになう投手から、それぞれホームランを奪って、その力を実証している。ノンプロ電電四国時代は中距離打者だった。二年前、同じ電電四国のエース前田康がドラフト一位、小金丸は二位でロッテ入り、当時74㌔だった体重がいまは79㌔、体重とともに馬力も増した。「カッカと燃えるいい性質」(濃人監督)でもあり、プロの水に合った素質を持っていることはたしかだ。守備は遊撃を除いて内野のどこでも無難にこなす。公式戦でも守備要員として何度か出場している。問題はバッティングの確実さだ。「まだ馬力だけで打っている。ボール打ちが多く、うまみに欠ける。ホームランか三振かというのでは、優勝を争うウチでは一軍定着はむずかしい」と濃人監督はいう。一軍への道がいかにきびしいか。「一年目は無我夢中でやったが二年目のことしはのんびりムードにひたったところがあった」と反省も忘れない。それだけに夏場なまけた毎夜のバット・スイングを復活させ、巨人戦での3ホーマーでよびもどした自信はなにものにもかえがたかったようだ。「来年にかける」ときっぱりいった。オフになったら、故郷の福岡に帰って走りまくる計画を早々とたてている。「走るのなんか好きじゃない。だからなおさら走らなくては・・・」その決意をどこまで貫き通せるだろうか。