落合GMが監督としてチームにかかわる以前、第二次星野政権からを振り返ってみますが、その前に二次政権以前の中日は。
今中、山本昌両投手以外の先発陣が軒並み高齢化、さらに毎年のように第3の先発投手として右腕の台頭が望まれ毎年候補を獲得するも定着せず。
種田選手の故障に伴いショートが不在となり長らく固定できない状態に。
抑え投手不在で候補を獲得するも確立できず。
といった課題を抱えていました。
96年 前年の低迷(5位)と名古屋球場最後のシーズンという事で大幅補強を断行、前田投手、村田投手を獲得して先発を補強し、ソン・ドンヨル投手により抑えも解消。
しかし前田投手が早々故障したり、村田投手、ソン投手が結果を残せず今中、山本両投手も低迷。
終盤はルーキーの門倉投手が最も信頼を得てしまい、ショートの課題も埋められず、メークドラマに屈する。
97年 ドーム初年度。
しかし補強策に尽く失敗し結局前年の編成で挑むも、ドームに対応できず屈辱の最下位。
しかも前年不振の山本、ソン両投手が大活躍するという皮肉ぶり。
98年 前年の雪辱を期しチェンジを合言葉に大幅な選手の入れ替えを断行。
久慈、関川両選手を阪神から獲得、さらにリ・ジョンボム選手を獲得して課題のショートは一転激戦区になり、さらにルーキー川上、正津両投手が期待通りに活躍、野口投手が急成長して一気にエースとなり2位へ躍進。
99年 前年戦力に加えルーキー福留選手、岩瀬投手。
前年調整不足で低迷していたサムソン投手がそれぞれに活躍を見せて11年ぶりの優勝を果たす。
2000年 より高みを目指し外国人選手を主体に補強を行うも、守り勝つ野球を崩して打撃補強を目指したディンゴ選手が大誤算。
リ・ジョンボム選手を外してまで起用するも、キャッチャーでありながら強引に外野で起用したことによる守備不安と、もともとオリンピックに出るための措置であったためにモチベーションの低さがその要因と思われる。
早くにディンゴ選手を外し、再度方向性を正そうとするも一度進んでしまった方向性を直すことが出来ず、5月に10連勝して首位戦線に加わるもその後大きな連勝がなく、さらにナゴヤドームで巨人に2勝しかできず。
01年 今にして思えば全く方向性の見えない年に。
ティモンズ選手、アンロー選手は期待ほどの結果を残せない中途半端な選手、またこの頃になってくるとドーム向きな選手として獲得してきた選手が守備だけで貧打にあえぎ、即戦力として期待された投手も思うほどの結果は残せず。
02年 山田監督に代わり福留選手がライトとして急成長、昨年一昨年台頭してきた荒木選手、井端選手がスタメンに定着し形が出来てくるも打線の軸である4番を決められず、先発を期待して阪神からバルデス投手を獲得するも結果が残せず。
03年 福留選手を1番で起用するなど前年以上に打ち勝つ野球を目指す方向性に。
4番として期待していたミラーが一悶着を起こした不幸はあったものの、山崎選手を放出してまでファーストに据えたクルーズ選手も期待通りとは言い難く、即戦力を期待されたルーキーの植投手、小林投手は登板すら無し。
(小林投手のその後の活躍は言うまでもありませんが) 山田監督もチーム内で孤立するなど、迷走采配に拍車がかかってしまう。
長々と書くことにはなりましたが、こうして振り返ると中日というのは極めて優秀な選手を見いだしてくる半面、課題を掲げられてもそれに対応できる選手を獲得できていない傾向にあることが伺えます。
それを踏まえて考えると、スカウトや編成が必ずしも褒められたものとは言えず、今の落合GMだけの話ではないことが伺えます。
また例外的に複数の選手がいる年もありますが、基本的にはその年の指名選手で本当に活躍できているのは1人2人で、これは他球団にも言えることですし即戦力を期待された選手が期待に応えられないのも同様です。
http://pospelove.com/draft-dragons.htm