元南海の中山孝一投手を知ってますか? 1966年 高校時代 1966年 チーム結成依頼8年目、チーム力はことしが最も充実し、エース中山のできいかんではAクラスの一角にある。エース中山は180㌢の長身から投げおろす直球がキメダマ。二年生のときからマウンドを守り、プレート度胸もよく、バネが強いのでスピードがある。これまで一試合平均約十個前後三振を奪い、打っても五番とチームの中心。 千葉工商の中山が今大会初のノーヒット・ノーランの記録を打ち立てた。立ち上がりはやや調子を欠いたが、二回以後はスピードのある速球を左右に散らし、鋭く落ちるカーブを決めダマに、東商打線を寄せ付けなかった。 中山孝一投手の話 立ち上がりは調子が悪く三回からようやく落ち着いてきた。きょうは速球がよく、ノーヒット・ノーランは五回ごろから意識した。まだ試合は長いので一戦一戦大事に投げた。 代表校好捕の筆頭にあがっていた成東から13三振を奪って三安打完封。自らの無失点記録を三試合、三十四イニングに伸ばした中山孝一投手こそ、千葉工商の原動力となった。これまで一回戦で東金商との対戦ではノーヒットノーランの記録をつくり、成東を破って千葉工商の野球部の名を高めたのも中山なら今大会の数少ないスターであった。この日のピッチングは三回戦まで見せた落ちるカーブを決めだまとする重いスピードのある投球。対戦相手の成東はこれも今大会の屈指の好投手といわれた千葉工の渡辺から二本の本塁打を放ったほどしぶい打線だった。しかし、中山はスピードにのった変化球で打者を寄せつけず、二回と五回に二死満塁と攻められたが得意のカーブで切って取りわずか三安打で押えてしまった。試合後、中山は「きょうはこれまでになく調子が良かった。とにかく勝とうという気持ちでなく、ベストを尽くせばいいと思った。ただ押える自信はありました」とナインのなかでも色白の顔で笑った。大和田中時代は二塁と投手をやっていたが千葉商工にはいってから投手を本格的にはじめ頭角を現したのは昨年秋から。180㌢70㌔の体を持つというがあまり大きく見えない。それでいてバネのきいた上手投げからの速球はかなり速い。野球部結成して5年余り同校野球部をベスト4まで残したのは好投手中山の力が大きい。代表決定戦ではベストを尽くすだけという中山は千葉郡八千代町八千代新田一一六、農業、輝一さんの末っ子で三男。