匿名さん
もしも中日ドラゴンズの江藤慎一がロッテオリオンズに放出されず、ドラゴンズに残留していたら? 1969年のオフに水原茂監督との対立でロッテに放出され、一時は「中日の江藤で終わりたい」と任意引退までしたドラゴンズのスーパースターの江藤慎一ですが、もしも彼がドラゴンズを放出されることなく現役生活を全うしていたらどうなっていたと思いますか? 1.史実で残した成績(現役生活18年、うちドラゴンズで11年にして通算打率.287、2057安打、367本塁打、1189打点)と同等かそれ以上の成績を残せたか?(ちなみに、ドラゴンズの通算本塁打の球団記録は宇野勝の334本塁打、通算打点は立浪和義の1037打点です) また、どれくらいまでレギュラーで活躍できたでしょうか?晩年はやはり弟の江藤省三とともに代打要員だったのでしょうか? 2.巨人のV9は史実より早く終わっていたか? 3.ドラゴンズは1974年の2回目の優勝時に日本一になれていたか? 4.現役引退後、ドラゴンズを含めたプロ野球球団で監督やコーチを務めたか?(ちなみに史実では現役時代の1975年に太平洋クラブライオンズで選手兼任監督を務めた以外、プロでの指導歴はなく、引退後はアマチュア指導者に転身しました) 5.江藤が背負っていた8番はドラゴンズの永久欠番になっていたか? 6.史実では高木守道が襲名している「2代目ミスタードラゴンズ」の座は彼のものになっていたのでしょうか?(その場合、高木は3代目、立浪は4代目ミスタードラゴンズとする。
ちなみに初代ミスタードラゴンズは西沢道夫です)