匿名さん
元東映の安藤元博投手を知ってますか? 1963年 「やっと片目があいたようなもんだ。
騒ぐほどのことではないよ」報道陣のウズからやっと解放されると、人さし指と親指を丸めて片メガネをつくってみせた。
わずかにヒタイに残された汗。
当っている南海打線を四安打、三塁を踏ませずに押え切ったとは思えない落ちつきである。
「カーブがよかったね。
南海に長打力があるから自信をねらって投げたんだ。
マークしたバッターはハドリ、野村、ピート」考えに考えて投げた相手の名前がスラスラと口をついて出た。
「ひとつすんだな」と笑顔で手を差しのべた岩下に「まあな」とのんびり答え。
ロッカーのすみに腰をおろすと「先発は大毎戦が中止ときまったとき(七日)監督からいわれていたんだ」ともらした。
試合前ベンチの火バチにしがみついて「こんな寒い日に投げられるかい。
先発は土橋さんじゃないか」ととぼけていたのも、試合が終わってみれば笑い話だ。
「きょうぐらいだったらそう寒くはないね。
まだ少し痛むのだが・・・。
六回広瀬に左前安打されたときはヒヤリとしたな。
あとに打つ連中がそろっているだろう」投げられるかい。
といった安藤(元)のこれが本音だった。
オープン戦、キャンプを通じてマイペースを守りつづけた男、ペナント・レースになってもその考え方にかわりはないようだ。
西京極で行われた対国鉄戦(三月二十一日)で6点とられ水原監督を「こんな時期になってもまだヒジが痛いとか、投げ込みが足りないとかいって・・・」となげかせたが、当人は「そんなことは知らんな。
あのときはそうだったんだからしかたないじゃないか。
オヤジだってオレに面と向かっていわなかったぜ」とケロリとしている。
ユニホームを脱ぎ捨てサンダルをひっかけると、そのままのスタイルでこうつづけた。
「でも本当は心配でたまらなかったんだ。
ゲームから二十日遠ざかっていたし・・。
日本シリーズで投げたときよりいいできじゃなかったかい」そんな姿をこの日もベンチにはいらず放送前にいた尾崎が「すごいな。
なんのかんのいっていながら南海をピタリと押えてしまった。
ぼくも早く」とうらやましそうにじっと見つめていた。