匿名さん
もう20年も前になります。
私はバイクで公道レースをやっていてかなり有名だったらしく、私と勝負したいと次々チャレンジャーに挑まれていました。
ミラー越しに相手の動きを見ていました。
切り替えしが緩慢でリアにトラクションがかかっていません。
これ以上ペースを上げると相手が死ぬかもしれないなぁ・・・と感じました。
でも、その頃は私だって死んでもいいと思って走っていたのです。
負けるくらいなら死んでも構わない、それは彼も同じだろう。
私はさらに加速しました。
その直後に名前も知らぬライバルは吹っ飛びました。
引き返して抱き起こすとヘルメットのシールドの中は血で真っ赤。
ビクンビクンと激しく痙攣して、中はどうなっているかと恐ろしくてヘルメットを取ってやることもできず、間もなく彼は私の腕の中で亡くなりました。
私が負けてもいいからとアクセルを緩めてやりさえすれば、彼は死なずに済んだのです。
彼を殺したのは私の負けたくないというつまらない心根だけでした。
私がバイクで家に帰ると、いつも母親がお帰りといってドアを開けてくれます。
機械オンチの母が私のバイクの音だけは聞き分けるんです。
母は何も言わないけれど、私が走りに行っている間中、耳をそばだてているのです。
おそらく、吹っ飛んだ彼にも耳をそばだてて待っている人がいたはずです。
私は、生きて帰れるようにもっと上手くなろうと思いました。
反省はするし、20年経った今でもその時の事は忘れられません。
でも、だからといってやめてしまうわけでもない。
死にたくなければ死なずに済むように自分を磨くことしかない。
私は必死で練習しました。
白バイ隊員の練習に参加し、白バイ隊員に教えるまでになりました。
ボロボロになって帰る私の姿を見て泣く母に、 これだけ練習してるんだから俺は死なない、と言いました。
これまで辛い事があって、いっそ死んで楽になりたい!って思った事は何度もあります。
降りるのはたやすい。
でも降りればそこで終わりなんです。
死にたくなければ自分を磨き続けるしかない。
サラリーマンになってもそう思って生きていますよ。
↑↑↑ http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1272909362 2011年にこんな事を書いていた人が5年後に塩屋の事故を目撃して 『たった32キロオーバー』とネズミ捕りをしていた白バイの批判を質問をしていました(既に削除済み) さらに質問の返信には下記の様な事も書いていました。
【実は私、クルマでもバイクでも走行中の追尾計測で止まった事ないんですよ。
公道バトルに持ち込んで、私が勝てば家まで来ない。
彼ら、負けました・・なんて帰って報告できないんです。
】 人間、本質は変わらないのでしょうか?