元大映の森口哲夫投手を知ってますか? 1956年 まだウブ毛の残っているようなまことに愛くるしい、こどもこどもした投手

元大映の森口哲夫投手を知ってますか? 1956年  まだウブ毛の残っているようなまことに愛くるしい、こどもこどもした投手

元大映の森口哲夫投手を知ってますか? 1956年 まだウブ毛の残っているようなまことに愛くるしい、こどもこどもした投手である。大映スターズが今年集めた新人投手のうちで現在一番頭角を現しているのが無名の森口である。昨年福島商高を卒業。福島郵便局で一年間軟式野球チームの一塁手をやっていた。プロへ行こうという気持はなかったが、道仏監督(元阪急)が大映へ推薦してくれたので、何となく入ってしまったとのこと。プロ生活は驚きと苦しみと喜びの連続だそうである。驚きはプロの打者は0-3からでもねらって打つし、真直ぐの球は絶対にダメなこと。苦しみは東北からポッと出て来たため、トレーニング不足で、松山のキャンプでの先輩のスピードのある動作について行けず、幾日も困り抜いたこと。喜びは五月十七日の対トンボ戦に初めて勝利投手となったことと、五月二十八日の対トンボ戦に七回までトンボ打線を三人ずつ完全に抑えて完全試合か無安打無得点の大記録を樹立出来そうなところまで行ったことだそうである。二十歳、五尺六寸七分、十六貫、投手としてはややキャシャな体つきである。しかし純粋の上手投げのオーソドックスの投法だ。低目に決る速球、ドロップに威力がある。試合度胸もあるが、これはうちの試合に観衆が少ないからあがらないのだと否定していた。とにかく一応順調に育ってはいるが、制球はこれからであろう。それにまず体を作ることが大切だ。いまのような体では長いペナント・レースに耐えられないからである。第二は自分でも言うようにいろいろな球をマスターすることであろう。 藤本監督談 まだまだですね。第一体が出来ていませんよ。それに手首が硬い。これをやわらかくしなければダメだ。しかし投げ方は純粋のオーバースローで形になっているし、試合度胸もある。だから体力を作ることと、手首の使い方をよく覚える必要がある。スピードももう一息というところでしょうね。人間も真面目だから、東北人特有のネバリで、あわてずジックリやって行けば、将来性には富んでいる。 山内毎日オリオンズ外野手の話 オーバースローのオーソドックスの投げ方をしているのがいいですね。球も速いし、これが低目によくコントロールされている。ドロップの切れ味も良い。それに私が初めて対戦した時、いきなりビーンボールを投げてくるような度胸もあるようだ。体がやや貧弱ではないですか。これから体も出来てくることと思うが、球は速いのだからあくまでスピードで押し、中途半端な技巧に走らぬことが大切だ。よい捕手がつけばもっと威力を発揮する投手だ。

知らなかったので調べました。 福島商在学中は、3年夏の1953年に東北大会準決勝にて、米沢西高(現・米沢興譲館高)の皆川睦雄(のち南海)と投げ合い、9回裏に1点を取られて惜敗。 甲子園出場を果たすことができなかった。 高校卒業後は福島郵便局に入庁し、郵便局では一塁手として、1954年秋に開催された全国郵政野球大会で全国制覇を達成した。 郵政大会での活躍が道仏訓の目に留まり、大映スターズへの推薦という形で、1955年に入団した。 速球とドロップを持ち味としていた。 1955年5月17日のトンボ戦(川崎球場)でプロ初先発し、初勝利を挙げた。 同年5月28日のトンボ戦(川崎球場)では7回までパーフェクトに抑える好投を見せた。 翌1956年には自己最多の58試合・33先発登板の記録を残した。 大映の弱さもあって勝ち星はなかなか恵まれなかったが、主戦投手として活躍。 1957年には開幕投手に抜擢された。 しかし、1957年より成績は急降下し、二度とプロ野球界で勝つ事はできなかった(引退までに8連敗している)。 1958年に阪急ブレーブスに移籍し、同年末に引退。 プロ野球引退後は、社会人野球の強豪・日本楽器に入団。 投手として在籍した後、監督に就任。 1967年の都市対抗野球では引き分け再試合を含め、7試合80イニングという激闘を戦い抜いた末、準優勝(決勝では、平松政次〈のち大洋〉擁する日本石油に敗退)に輝き、小野賞を受賞した。 日本楽器時代の教え子に中野孝征(この大会で久慈賞受賞。のちヤクルト)、川島勝司(のち野球日本代表監督)がいる。 通算131試合登板 8勝32敗 防御率3.24 背番号 33 (1955年 - 1957年) 32 (1958年)

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元大映の森口哲夫投手を知ってますか? 1956年 まだウブ毛の残っているようなまことに愛くるしい、こどもこどもした投手である。大映スターズが今年集めた新人投手のうちで現在一番頭角を現しているのが無名の森口である。昨年福島商高を卒業。福島郵便局で一年間軟式野球チームの一塁手をやっていた。プロへ行こうという気持はなかったが、道仏監督(元阪急)が大映へ推薦してくれたので、何となく入ってしまったとのこと。プロ生活は驚きと苦しみと喜びの連続だそうである。驚きはプロの打者は0-3からでもねらって打つし、真直ぐの球は絶対にダメなこと。苦しみは東北からポッと出て来たため、トレーニング不足で、松山のキャンプでの先輩のスピードのある動作について行けず、幾日も困り抜いたこと。喜びは五月十七日の対トンボ戦に初めて勝利投手となったことと、五月二十八日の対トンボ戦に七回までトンボ打線を三人ずつ完全に抑えて完全試合か無安打無得点の大記録を樹立出来そうなところまで行ったことだそうである。二十歳、五尺六寸七分、十六貫、投手としてはややキャシャな体つきである。しかし純粋の上手投げのオーソドックスの投法だ。低目に決る速球、ドロップに威力がある。試合度胸もあるが、これはうちの試合に観衆が少ないからあがらないのだと否定していた。とにかく一応順調に育ってはいるが、制球はこれからであろう。それにまず体を作ることが大切だ。いまのような体では長いペナント・レースに耐えられないからである。第二は自分でも言うようにいろいろな球をマスターすることであろう。 藤本監督談 まだまだですね。第一体が出来ていませんよ。それに手首が硬い。これをやわらかくしなければダメだ。しかし投げ方は純粋のオーバースローで形になっているし、試合度胸もある。だから体力を作ることと、手首の使い方をよく覚える必要がある。スピードももう一息というところでしょうね。人間も真面目だから、東北人特有のネバリで、あわてずジックリやって行けば、将来性には富んでいる。 山内毎日オリオンズ外野手の話 オーバースローのオーソドックスの投げ方をしているのがいいですね。球も速いし、これが低目によくコントロールされている。ドロップの切れ味も良い。それに私が初めて対戦した時、いきなりビーンボールを投げてくるような度胸もあるようだ。体がやや貧弱ではないですか。これから体も出来てくることと思うが、球は速いのだからあくまでスピードで押し、中途半端な技巧に走らぬことが大切だ。よい捕手がつけばもっと威力を発揮する投手だ。

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