キリスト教にとっては、 オリンピックは、憎むべき偶像崇拝なのですが。
>聖書の思想から言えばそういうことです。
オリンピックは、全能の神ゼウスをはじめ多くの神々を崇めるための、神域における体育や芸術の競技祭だったのです。
パウロは異教の神々=偶像の背後に悪霊が存在すると考えています「私が言おうとしているのは、偶像に献げる供え物は、神ではなく悪霊に献げている、 "人々が供える者は、悪霊ども、すなわち、神ならぬ者に供えるのである。
私は、あなたがたが悪霊の仲間になることを望まない。
... しかし、誰がこれはささげ物の肉だと言ったらそれを知らせてくれた人のために、また良心のために、食べないがよい"(コリ前.10:20、28)。
最も、キリスト教団は狡いので聖書の思想を隠していますがね。
●●●「原爆を落としたのは、キリスト教の神だ。
」●●● と考えの方のみ回答願います。
> 原爆投下にキリスト教団がかかわっていたことは確かです。
マタイ10: 15はっきり言っておく。
裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。
●●●隣人愛としての原爆投下●●●● プロテスタントの牧師キュンネト(Künneth)も、原子爆弾は隣人愛の為に使えると主張しました。
それはあの広島・長崎原爆投下の十三年後の事でした。
イエズス会士のグンドラハ(G. Gundlach: Die Lehre Pius Xll zum atomaren Krieg, 1959) が法王ピウス12世の原爆戦争についての意見をまとめ、出版された書籍は「原爆戦争そのものは不道徳的ではありません。
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どうせこの世は永遠には続き ません。
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我々人間は世の終わりには責任はない。
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神の摂理でそういう結果に導かれてしまいました。
」等々カトリック教の悪徳とも言うべき内容です。
第二次大戦中、アメリカ合衆国のプロテスタントやカトリック教会の司教達も日本への原爆投下のために尽力した。
1945年8月5日、パイロットが自分の母 親の名前を命名したB29爆撃機「エノラゲイ」がティニアン島から離陸する直前、牧師が、「あなたを愛する者の祈りを聞き届けてくれる全能の神よ、お願い です、あなたの天の高さに向け、我々の敵と戦う乗組員を守って下さい。
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これからも我々はあなたを信頼しながらこの世の道を歩みます。
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(全テキス ト: H. Gollwitzer "Die Christen und die Atomwaffen" 1957からの引用)」と祈りました。
キリスト教の神の助けにより7万人が広島で翌朝8時半即死しました。
その後5年間に20万人の命が失われました。
勿論、神様に感謝しました。
彼ら、あのアメリカのクリスチャン達が。
冷戦時代、両教会は水素爆弾の開発や配置をも支持しました。