匿名さん
まずは強化合宿改革だ。
合宿ごとに「技術合宿」「追い込み合宿」などとテーマを絞り、強化の目的をはっきりさせた。
そして念願の担当コーチ制を復活させた。
各階級の担当コーチは全日本強化合 宿だけでなく、所属先での練習にも顔を出し、選手のコンディションを把握した。
結果、選手の所属先とも良好な関係が築け、全日本チームと所属先とが連携した動きが生まれ、さらに外国勢の研究も二人三脚で行うようになった。
またオーバーワークを避けるために、初秋に行われる世界選手権に出場した選手には、初冬にある講道館杯の欠場を許可した。
代表を争う選手達が「公平」に思うような横一線の競争を課し、そうして選ばれたのが今回の男子代表7人だった。
井上康生の柔道を初めて目にしたのは、彼が小学5年生の頃だった。
当時から既に「山下(泰裕)二世」と騒がれ、小学生のタイトルを総なめにしていた。
私事で恐縮だが、宮崎の片田舎の中学校でたいして強くもない柔道家だった私は、世界に羽ばたいていく彼を追うべく、スポーツ取材を生業とするようになったも同然だった。
高校から東海大相模に柔道留学した井上は、東海大4年時に出場したシドニー五輪において、オール一本勝ちで金メダルを獲得した。
決勝の内股は、五輪史上、もっとも美しく、豪快な〝一本〟だった。
表彰台では、前年に亡くなった母の遺影を掲げた。