元日拓の小坂敏彦投手を知ってますか? 1973年 「どうですか」と田宮監督は得意そうにいった。この日の投手リレーこそ、

元日拓の小坂敏彦投手を知ってますか? 1973年  「どうですか」と田宮監督は得意そうにいった。この日の投手リレーこそ、

元日拓の小坂敏彦投手を知ってますか? 1973年 「どうですか」と田宮監督は得意そうにいった。この日の投手リレーこそ、高橋善と小坂、渡辺のトレードを決めたときから何度も頭の中に描いていた楽しい場面だった。谷木、谷沢、大隅と一、三、五番を左で固めた中日打線に、まず下手投げの高橋直をぶっつける。本番のゲームを頭に浮かべながらの、絶好のテストだ。先発投手は、スタートからフルにとばして前半だけを引き受けてくれればいい。「アンダースローなら左攻勢でつぶそう」と、相手チームはベンチに控えている左の予備軍を続々とつぎ込んでくるだろう。そこで、待ってましたとばかりに小坂へのスイッチだ。「実にいいタイミングですね」と宮沢スコアラーが見て、この日は五回から左の切り札の登板だった。代打の坪井をすばやく追い込んで軽くひねったあとは、トップに戻って谷木だ。左との勝負なら腕のみせどころだ。まず外角にカーブを決めておいて、谷木が打ちに出てくるところへ一転して胸元への速いシュート。谷沢へはシュート、直球、カーブと自信満々の攻めをみせて、左封じはお手のものだった。「巨人時代にあまり投げたことのないフォークボールまで使っている。自信をもってのびのびほおってますね」と谷沢が見て、日拓ベンチでは「うまいもんだな」と山根コーチが感心する。「これで今年は面白い投手起用ができる」と田宮監督のローテーションはレパートリーが広くなった。昨年は山崎、中原勇とアテにならない左投手陣。相手が左打線で固めてくるのがみすみすわかっていながら、手を打てなかった。「たとえば高橋直が先発する。もうあぶないとわかっていても、これならという左がベンチにいない。目をつむって続投させたとこで、とり返しのつかないダメージを受けて、いくつ手痛い黒星を食ったかわからない」と田宮監督がふり返る昨年のペナント・レース。だが、小坂が左の切り札として投手陣にどっしり腰をすえれば、悩みは消える。「それほど球威がある投手じゃないから、長いイニングは無理だ。それでも二、三イニング位なら確実に目先をかわせる。左のいなかった日拓投手陣には、貴重な存在になることは確かだ」と、中日の近藤ヘッド・コーチも見た。渡辺、小坂の組み合わせで10勝から15勝と踏めば、それだけでも高橋善の穴埋めはできる。「あの一対二のトレードは成功ですね」と田宮監督は楽しいソロバンをはじいた。三日間の三連戦に、この左の切り札を先発に一試合、押えのリリーフに一試合使うプランを首脳陣は考えている。「小坂をうまく使って投手陣を回転させれば、あとは5点打線が控えていますよ」と田宮監督は笑う。外人を軸にしたパの各チームの左打線と、日拓の左の切り札の対決が本番でクローズアップされてくる。

知らなかったので調べました。 高松商では1965年、3年次にエースとして春夏連続甲子園に出場。 第37回選抜大会では2回戦で米子東を完封。 続くPL学園も2点に抑え快勝。 準決勝で藤田平のいた市和歌山商に1-3で敗れたがベスト4入り。 夏の第47回選手権大会は優勝候補にあがるものの、1回戦で三池工の上田卓三と投げ合い、延長13回の熱戦の末1-2xでサヨナラ負け。 三池工はこの大会で初出場初優勝。 高校卒業後は早稲田大学に進学。 東京六大学リーグでは在学中2度優勝。 同期には谷沢健一、荒川尭、小田義人などが居り後に7人がプロ入りした。 3年生になった1968年秋季リーグで、早大は田淵幸一らのいた法大に競り勝ち、4シーズンぶり通算24回目の優勝を飾る。 エースとして先発にリリーフに大車輪の活躍をした小坂は、優勝のかかった最終週の早慶戦で2試合を投げていずれも完投勝ちし「胴上げ投手」となりベストナインも獲得。 1969年の第8回アジア野球選手権大会日本代表に選出される。 リーグ通算36試合登板、22勝6敗、防御率1.68、218奪三振。 1969年のドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。 1年目は1勝に終わったが、2年目からは2勝、4勝と勝ち星を増やした。 4年目のシーズンに備える1973年春季キャンプの1週間前に、高橋善正と交換トレードで、渡辺秀武と共に日拓ホームフライヤーズへ移籍した。 だがこの頃すでに、肘に違和感を抱えており思い通りの投球ができずにいた。 1976年に4年ぶりの勝ち星を挙げたが、活躍できず同年オフに引退。 引退後は保険会社に勤務。 通算105試合登板 9勝8敗2S 防御率4.74 背番号 13 (1970年 - 1971年) 24 (1972年 - 1976年)

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元日拓の小坂敏彦投手を知ってますか? 1973年  「どうですか」と田宮監督は得意そうにいった。この日の投手リレーこそ、

元日拓の小坂敏彦投手を知ってますか? 1973年 「どうですか」と田宮監督は得意そうにいった。この日の投手リレーこそ、高橋善と小坂、渡辺のトレードを決めたときから何度も頭の中に描いていた楽しい場面だった。谷木、谷沢、大隅と一、三、五番を左で固めた中日打線に、まず下手投げの高橋直をぶっつける。本番のゲームを頭に浮かべながらの、絶好のテストだ。先発投手は、スタートからフルにとばして前半だけを引き受けてくれればいい。「アンダースローなら左攻勢でつぶそう」と、相手チームはベンチに控えている左の予備軍を続々とつぎ込んでくるだろう。そこで、待ってましたとばかりに小坂へのスイッチだ。「実にいいタイミングですね」と宮沢スコアラーが見て、この日は五回から左の切り札の登板だった。代打の坪井をすばやく追い込んで軽くひねったあとは、トップに戻って谷木だ。左との勝負なら腕のみせどころだ。まず外角にカーブを決めておいて、谷木が打ちに出てくるところへ一転して胸元への速いシュート。谷沢へはシュート、直球、カーブと自信満々の攻めをみせて、左封じはお手のものだった。「巨人時代にあまり投げたことのないフォークボールまで使っている。自信をもってのびのびほおってますね」と谷沢が見て、日拓ベンチでは「うまいもんだな」と山根コーチが感心する。「これで今年は面白い投手起用ができる」と田宮監督のローテーションはレパートリーが広くなった。昨年は山崎、中原勇とアテにならない左投手陣。相手が左打線で固めてくるのがみすみすわかっていながら、手を打てなかった。「たとえば高橋直が先発する。もうあぶないとわかっていても、これならという左がベンチにいない。目をつむって続投させたとこで、とり返しのつかないダメージを受けて、いくつ手痛い黒星を食ったかわからない」と田宮監督がふり返る昨年のペナント・レース。だが、小坂が左の切り札として投手陣にどっしり腰をすえれば、悩みは消える。「それほど球威がある投手じゃないから、長いイニングは無理だ。それでも二、三イニング位なら確実に目先をかわせる。左のいなかった日拓投手陣には、貴重な存在になることは確かだ」と、中日の近藤ヘッド・コーチも見た。渡辺、小坂の組み合わせで10勝から15勝と踏めば、それだけでも高橋善の穴埋めはできる。「あの一対二のトレードは成功ですね」と田宮監督は楽しいソロバンをはじいた。三日間の三連戦に、この左の切り札を先発に一試合、押えのリリーフに一試合使うプランを首脳陣は考えている。「小坂をうまく使って投手陣を回転させれば、あとは5点打線が控えていますよ」と田宮監督は笑う。外人を軸にしたパの各チームの左打線と、日拓の左の切り札の対決が本番でクローズアップされてくる。

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