匿名さん
元大洋の及川宣士投手を知ってますか? 1965年 釜石市上中島生まれの生っ粋の東北っ子だ。
ねばりがある。
藤井スカウトにさそわれて東北高から大洋入りしたのはいまから四年前。
月給は四万円だった。
一、二年目はもちろんファーム専門、三年目の昨シーズンもついに一軍へあがる機会がなく、まだファームでも勝ったことがない。
イースタン・リーグで0勝6敗。
それが、この日一軍入りへの堂々たるきっかけをつかまえた。
底力のある近鉄打線を相手に五イニングを投げ、被安打2。
矢ノ浦、小玉、山本八などの一線級打者をかたっぱしから三振にとった。
四回桑田のエラーがからんだ不運な1点さえなければ、そのまま続投、待望の勝ち星をつかんでいたかもしれない。
及川は謙虚だった。
「投げさせてもらえるだけで満足。
一軍のマウンドなんてぼくにはもったいないみたいです。
ストレート、カーブのほかにフォークボールを四、五球投げましたが、とてもコントロールがよかったので・・。
みんな別所さん(ヘッド・コーチ)のおかげです」力の泣くような声でこれだけいうと、さっさとバスのうしろへもぐり込んでしまった。
別所さんのおかげーこのことばはやはり昨年のオープン戦で高橋のいったことばだった。
そのとき西鉄に好投した高橋はペナント・レースで17勝をあげて新人王になった。
ファームでもまったくふるわなかったこと、フォークボールで好投のきっかけをつかまえるなど、高橋のとび出したときとあまりによく似ている。
思い切ってステップを小さくし、この日の鋭いピッチングを引き出させた別所ヘッド・コーチは自信たっぷりにいった。
「一昨年暮れ、大洋にはいってすぐ目にちたのが高橋と及川だった。
必ずどちらも出ると思ったが、昨年は高橋だけが出た。
あれは体力の点で高橋の方がやや上だったのだろう。
ことしは及川も出てきた。
必ずローテーションに入れてみせる」外野手の若手№1日下とは東北高の同期。
正捕手の座をとった伊藤は二年先輩だ。
三原監督も「これからまだまだのびる選手」と大きな期待を寄せている。
しかし及川はどこまでも遠慮がちだ。
「ぼくは投げているときほど楽しいことはないんです。
マウンドにさえあがらせてもらえれば・・。
まず1勝はしたいですね。
あとはほかの人にチャンスをあげてください」おとなしいいい方だった。
二十一歳、1㍍79、78㌔、右投右打。