結論から言うと、指導者は各自考え方が違うので、色々な指導者を経験し、比較対象が生まれます。
多様な価値観があり、それに触れることで視野が広がるでしょうから、いろんな指導者経験してください。
これが僕の答えです。
以下参考にしてください。
小中高とそれぞれのカテゴリーで一人の指導者になってしまうと、生涯3人の指導者にしか出会えない可能性がありますよね。
それってすくなすぎやしませんかね? 1つ気になる点は、指導者の方はボランティアか否か?です。
【サッカーのことで口出しはしないで下さい。
】という指導者の多くはボランティアの傾向があると思います。
無料でやっているから指導の仕方くらいは好きにさせろという意図が見えるのです。
逆に、お金を払ってくれている人にそんな言葉は僕なら言えません。
知識や経験のない人に懇切丁寧に説明するのが、コーチングでお金を取っている人のやるべきことだと僕は思いますね。
【普段 練習していないことを試合で出せるものでしょうか? 自分で考えられるって・・引き出しが無い子には無理だと思うのですが】 …おっしゃる意味わからなくもありません。
僕がコーチならこれを荷物やカバンに適用し、「こんなに汚く置いていいの?それでいいの?せっかく買ってもらったもの大事に扱わなくていいの?みんなの親が、こういう汚くしてる姿みてどう思うかな?新しい靴がほしくなった時、親が買ってくれるかな?」と問うでしょうね。
「子供に考えさせる」という指導者のやり方全ては否定しません。
ただ無言で見守り過ぎなのかもしれませんね。
僕であればHowやWhyを使って子供にたずねます。
それが難しすぎるなら、WhichやYes, Noで答えられるように聞きます。
ただ質問者様の全体的な意見として、多少「勝利至上主義」みたいなものを感じます。
つまり勝利すること、上手になることが正しいという考えですね。
逆に指導者がそうでなさそうなのは、一つ僕が賛同できるところです。
【中学のサッカー部で何が大変やったか、それは走りについていけなかったこと。
他のチームから来た子と差がありすぎること】…世界中でスポーツが愛されている理由の一つは下手でも楽しいからなんですよ。
日本がサッカー大国、スポーツ大国となるためには、そういった誰でもスポーツができる環境が必要なのです。
上手じゃないとサッカーが続かないというのは日本のスポーツの悪しき習慣です。
もしこの指導者が、勝負度外視して、全員をプレーさせているなら、草の根運動としては、よい指導者だと思います。
どうでしょうか?(チームの中で優秀で上手な子ほど、努力して、選抜やユースに行くべきかと。
) サッカーをはじめとするスポーツは、元の語源が遊びから来ています。
遊びだから楽しくなくてはならないのです。
特に小学生のころは、勝ち負けよりも、気の知れた人たちと楽しい時間をすごすことがあってもいいと思います。
時代は違いますが、僕のチームも弱小でした。
でもそれを咎める親もいなかったので、自分たちが下手糞であることに何の引け目もありませんでした。
練習なんてほとんどせず、ずーっと試合形式ばかりだったけど、すごいすごい楽しくて、その後も続きました。
いい歳こいてサッカー好きなのは小学生のころに、そういう楽しい思い出があったからです。
親の方は子供に意見を聞いているみたいですが、指導者の方は子供の意見に耳を傾けているでしょうか?子供たちが基礎練習したいと思っているのに、試合形式のミニゲームばかりしているのなら、コーチの理想論につき合わされすぎているのかもしれません。
ちなみに僕は、小学生なんてほとんど話し聞かないの知ってるんで、あまり長い話しはしません。
普段の活動などでは、大切なことだけを伝え、聞いてない子供がいたら、後から何を言ったの?と聞かれても、もうそれについては話したよ。
違う?といって、聞いていなかったことを後悔させるようにします。
指導者の方は熱があるからこそ、話が長くなるのかもしれませんね…。
興味があれば、池上正さんの著書でも参考にしてください。
その他の著者でも子供とスポーツの関わりについて書いた本はありますよ。