2019年NASCAR第10戦 タラテガ CEICO 500 。気になるNASCARのテレビ放送、ネット配信予定はこちらから
2019年NASCAR第10戦 タラテガ CEICO 500テレビ放送/ネット配信
2019 NASCAR第10戦 タラテガ CEICO 500
■ レース日程
4月29日(月)3:00
前日のレース日程(現地時間)はこちら
4:35 CEICO 500 プラクティス
4:40 CEICO 500 予選
■ ネット配信予定
日本語でのネット配信はありません。
公式のTwitterでレースの情報収集ができます。
It's @TalladegaSuperS week. #GEICO500 pic.twitter.com/bnO20N33P3
— NASCAR (@NASCAR) 2019年4月22日
NASCARの公式YouTubeでレースの放送をフルで見ることができます。
ただし、レース終了後、10日前後でアップされます。
米NBC系列の配信(FOX,MRN,PRN)などでの配信があるようです。
■ テレビ配信予定
NASCAR タラテガ CEICO 500は録画放送
5月3日(金) 21:30 ~ 0:30
【解説】天野雅彦 【実況】梅中悠介
放送は日テレG+で見ることができます。
有料のスカパーやケーブルテレビを契約していない場合は、見ることができません。
再放送は、
5月8日(水) 2:00 ~ 5:00
詳しい状況は、公式サイトやTwitter、FacebookなどのSNSの情報を見るのが一番
NASCAR 第10戦 タラテガ CEICO 500
2019年NASCAR第10戦 タラテガ CEICO 500
NASCAR第10戦 タラテガ CEICO 500
タラデガ スーパースピードウェイは、NASCARシリーズ最長の2.66マイル
バンク角もシリーズ最大33度とハイスピードなサーキット。
常にアクセルを踏みっぱなしで空力がレースの勝敗を決めるNASCARだけにスリップストリーム状態でマシンが駆け抜ける姿は圧巻。
スリップストリームを多用し、ほんの一瞬の好きをついて行われれる接近バトルが醍醐味
500 miles of racing, decided by .002 seconds. 😨@JimmieJohnson's second win at @TalladegaSuperS was one for the history books! pic.twitter.com/Dqr28vjbx8
— NASCAR (@NASCAR) 2019年4月26日
歴代のタラデガスピードウェイで勝利したドライバー達
ハイスピードでマシンが集団でアクセルをベタ踏み状態のレースでは、ちょっとしたはずみで多くのマシンを巻き込むBigOneクラッシュが起きやすい。
過去のレースで多くのBigOneが起きている
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NASCAR CEICO 500(タラデガ・スーパースピードウェイ)の関連記事まとめ
タラデガ・スーパースピードウェイ
スリップストリーム
NASCAR
NASCAR(ナスカー、National Association for Stock Car Auto Racing, 全米自動車競争協会)は、アメリカ合衆国で最大のモータースポーツ統括団体であり(本部はフロリダ州 デイトナビーチ)、同団体が統括するストックカーレースの総称でもある。
統括団体としてのNASCARは、1948年にとエド・オットーによって設立された。
NASCARは、かつては四輪市販車をベースに改造を施した車両(ストックカー)で行われ、現在は市販車に似せた純レーシングカーを使用するレースであり、主に北米大陸で行われる独自のレースカテゴリーである。
カテゴリーはモンスターエナジー・NASCARカップ・シリーズ(2003年まではウィンストンカップ、2004年 - 2007年はネクステルカップ、2008年 - 2016年はスプリントカップ)を頂点とするピラミッド構造となっている。モンスターエナジーカップ、そしてモンスターエナジーカップの年式落ちの車を使用するエクスフィニティ・シリーズ(Xfinity Series)、(2008年-2014年はネイションワイド・シリーズ、2007年まではブッシュシリーズ)、ピックアップトラックベースの車で争われるキャンピング・ワールド・トラック・シリーズ(2008年まではクラフツマン・トラック・シリーズ)の3カテゴリーは“三大シリーズ(Three Largest Series)”で全米のレース場を転戦し、全てのレースでテレビ中継がある。なお「三大カップ戦」という呼び方がファン・ジャーナリストの間で定着しているが、本来「カップ戦」というのは頂点の現モンスターエナジーカップのみに与えられる称号であり、英語でもそのような表現は存在しないので誤りである。
その下にはRegional Series(リージョナル シリーズ)として、NASCAR K&N PRO SERIES(昔のBuschシリーズマシンを使用するレギュレーションから始まったレース)がEastシリーズ(東海岸エリア)とWestシリーズ(西海岸エリア)の2つの地域に分かれて開催されており、7月のアイオワ・スピードウェイと8月のGateway Motorsports Park でEastシリーズとWestシリーズの合同レースが年に2度 開催される。Whelen Modified Tour(ウェレン モディファイド ツアー)も北シリーズと南シリーズとして開催されている。またインターナショナルシリーズとして、Pinty's Series(ピンティーズ)、PEAK MEXICO Series(ピーク・メキシコ)そしてWhelen Euro Series(ウェレン・ユーロ)までが、NASCAR Regional Seriesとして北米外で開催されている。
「Whelen All-American Series」と呼ばれるカテゴリー(2005年現在はDivision I - IVの4つに分かれているが、各Divisionは同等のものという扱いであり、最もシリーズポイントを稼いだ者が全体のシリーズチャンピオンとなる)、Local Racing と総称される各地域ごとのカテゴリー(2005年現在は8カテゴリーで構成)が存在する。なお使用される車の細かいレギュレーションはカテゴリーによって異なることが多い。またNASCAR以外の競技団体(ARCA等)が主催するストックカーレースも、その多くが実質的に3大シリーズ戦へのステップアップカテゴリーとして機能している。
通常NASCARに参戦するドライバーは各地域カテゴリーから徐々にステップアップするのが通例だが、中にはIRLやチャンプカー(旧CART)など、フォーミュラカーレースからの転身組も存在する。F1ドライバーではファン・パブロ・モントーヤ、ジャック・ヴィルヌーヴ、キミ・ライコネン、ナレイン・カーティケヤン、ネルソン・ピケJr.、インディカーからはダリオ・フランキッティ、ダニカ・パトリックが有名である。このうちモントーヤはネクステルカップ、ピケJr.はトラックシリーズのロードコースで勝利を挙げる成功を収めている。
NASCARのルーツは20世紀前半、主に広大な平地を有するアメリカ中部以南で行われていたアマチュアの自動車レースである(さらにルーツを辿れば禁酒法時代に取り締まる警察車両から逃れるため、速い車を必要とした当時の "ならず者" に行き着くという説もある)。そして直接の発祥となったのはフロリダ州のデイトナ・ビーチにて互いの腕とマシンを競い合うため、各地の実力者達が集って催されたストックカー・レースであった。やがて競技ルールの平定が求められるようになり、1947年に同地で全米自動車競争協会(NASCAR)が発足。翌年には早速公式レースが開催され、数日後には同協会の法人化への手続きも完了して、その後は同地域を中心に競技が行われ続けた。
1959年のデイトナ500初開催に多数の観客が詰め掛け、続く1960年代にはきわめて局所的ではあるがライブ中継が試みられていた。そして1969年 - 1970年にかけて競技車両はストックボディ(市販車)からパイプフレームへと移った。これによって軽量・高剛性になったことはもちろん、大きな安全性も得られた。1970年代初頭には煙草ブランドのウィンストンがNASCARの冠スポンサーへ付き、シリーズも近代的な形へと改編が行われ、またレギュレーションの範囲内で車体も進化を重ね、よりパワフルなマシンが登場している。そして、そのモンスターマシンを駆るリチャード・ペティ達にいつしかアメリカ南部の若者は夢中となった。
1980年代へ入ってもNASCARは "カントリー" なイメージを払拭できずにいたが、それでも惹かれたファン達はデイル・アーンハートらのレースを観客席、あるいはリビングで固唾を呑み見守った。その後1989年にはウィンストン・カップ全戦のテレビ放映が開始、完全に興業の主体がテレビ放映へと移行する。それに伴って以後は都市部での視聴者拡大に対して運営側の強い意識が向けられた。ドライバー達にも幾度目かの世代交代が起こり、"都会っ子" ドライバーは伝統的な開催地にて度々熱心な親子のファンからブーイングを浴びつつも、テレビカメラを通して視聴する者達の応援を期待しながら走行を続けた。
近年は同シリーズにとって目下のライバルであったオープンホイール競技団体の分裂もあり、最高峰シリーズの看板スポンサーが通信企業(スプリント)に変わった現代でもNASCARの人気は増加傾向である。そして南部を沸かせた英雄の息子はメディアの発達もあり全米の子供達のアイドルとなって、さらには3世代のファンとドライバー達も登場した。しかし今日では数千万人の視聴者を満足させ続けるレギュレーションが必要不可欠となり、2004年からはファンの納得できるチャンピオンの誕生と、シーズン後半の消化試合をなくす目的でチェイス(2017年からプレーオフに名称変更)が導入されている。また安全面では2001年のデイトナ500以後、対策が積極的に思案されるようになった。
NASCARはインディカーと同じようにアメリカ独自のレースであり、ヨーロッパや日本のレースとは大きく異なっている。その主な理由は、多くのサーキットが、ヨーロピアンスタイルのロードコースではなく、アメリカンスタイルの楕円型をしたオーバルトラックであることから来ている(ロードコースでの開催は年間わずか2レースのみ)。1周0.5マイル(約0.8 km)のショートオーバルから、2.66マイル(約4.3 km)のスーパースピードウェイのコースをひたすら超高速で周回する。オーバルサーキットの場合、その速度は各マシンのドラフティング効果も相まって時速300 km以上にも達する世界でも稀にみる超高速レースである。
誤解されがちであるが、NASCARマシンはマルチメイクである。各メーカー・チームごと車両は組み立て・開発をするか、他チームから購入する。ただしレースの成り立ちがアマチュアによる市販車レースであったため、NASCARは車体製造のコスト高騰を極端に嫌う。そのため高価なチタンやカーボンファイバーの使用を禁止している。競技用四輪車としては非常に重く、レギュレーションによって最低重量は3,450ポンド (≒1,560 kg) と規定されており、そもそも前述のような特殊材料は使う余地がない。これはレースのイコールコンディション化に大きく貢献している。しかし〝ストックカー〟という名前が付いているものの、それ以外の点の実態については、ワンオフのパイプフレームに金属板を貼りつけ市販車を模した外装で、燈火類は無くそれに当たる部分はステッカーや塗装で表現、ドアも無く乗り降りは窓から行うなど、市販車とは全く異なるレーシングマシンである。かつて1950年代から1960年代にかけて、アメリカ車にはどの車種にも非常に高出力なエンジンを搭載したスポーツモデルが設定され、頂点のモデルとしてファストバックスタイルのマッスルカーが若者の人気を集めていた時代には、メーカーの販促の意味もあり市販車ほぼそのままの形態で参戦していたが、より高度なエアロダイナミクスを求めて大型の空力付加物の装着が試みられた1969年から1970年シーズンのと呼ばれる特殊モデルの台頭により、レース速度の高速化と車両価格の高騰が顕著となった事から、1971年シーズンからは空力付加物の制限と取得のための最低販売台数が大幅に引き上げられたため、膨大な開発費用が掛かるエアロカーは僅か2シーズンで姿を消した。また同時期に発生した第一次石油危機の影響と自動車排出ガス規制の強化、若者向け自動車保険の懲罰的高騰などにより、1960年代のような有鉛ガソリンの使用を前提とするフルパワーエンジンのマッスルカーの市販が次第に難しくなった事情なども重なり、その後はパイプフレームに金属製カウルを架装し、レース専用エンジンを積む現在のような車体が主流となった。なおタイヤはそれほどでもなく、アルミホイールやマグネシウムホイール等の軽量ホイールを使用せず、スチールホイール(ただし、NASCAR用スチールホイールは一般のアルミホイールよりも軽量に作られている)を使用し、なおかつレーシングカーによく見られるセンターロックホイールではなく、昔ながらの5穴ホイールである。装着を容易にするためにナットはあらかじめホイールに接着されている。車検の際には「テンプレート」を使用して空力チェックを行うユニークな場面が見られる。これはかつてスモーキー・ヤニック(1923年5月25日 - 2001年5月9日)という規定違反すれすれの行為を繰り返していた悪名高いエンジニアが、他のマシンより空力的に勝る一回り小さいマシンを走らせ失格となったというエピソードから始まっている。各車輌ごとに決められたテンプレートをあてがうことにより、空力的な違反が無いか細かくチェックされる。
エンジンは近年では珍しい存在となりつつあるOHVを使用している。しかし、358立方インチ (≒約5,866 cc) のOHVエンジンは軽く10,000 rpm近くまで回り、840馬力以上を搾り出す。これはDOHCエンジンを20,000 rpm近くまで回したNAエンジン時代のF1エンジンと同様に最先端の技術によって作られたレーシングエンジンであることを窺い知ることができる。ギアボックスは4速MTが組み合わされ、コースごとにギアレシオの変更を行う。
供給はGM、フォードに加え、2000年代に入ってトヨタが積極的な参入姿勢を示しており、2001年からセリカで下位カテゴリーへの参入を開始したのを皮切りに(このセリカはNASCARマシンであるにも関わらずDOHCエンジン搭載車である)、2004年からはクラフツマン・トラック・シリーズにタンドラで参戦している。タンドラについては本来4カムOHCのV型エンジンを、わざわざOHVに改造して参戦している。また2007年からはカムリでスプリントカップ・シリーズ、ネイションワイド・シリーズの両シリーズに参戦している。
また2011年までは燃料供給にキャブレターを使用していたが、環境保護アピール等の要因から、スプリントカップシリーズでは2012年よりフリースケール・セミコンダクタとマクラーレン・エレクトロニック・システムズ(F1のマクラーレンの関連会社)が開発した電子制御式の燃料噴射装置が導入された。ただしレース中にエンジンマッピングを書き換えるような行為は禁止されており、ドライバーの腕による燃費制御等の余地を残している。
2012年までは米ビッグスリーの一角であるクライスラーもダッジブランドで供給を行ってきたが、有力チームのペンスキーを同年限りで失うなど近年勢力の衰退が著しく、結果的に同年限りでスプリントカップ・シリーズ及びネイションワイド・シリーズから撤退することになった。
現在ではオーバルコースの外側に(トラックによっては内側にも)緩衝帯が設置されている。デイル・アーンハートの2001年のデイトナ500での死亡事故の後にはHANSの着用も義務付けられた。さらに2007年からは、カー・オブ・トゥモロー(CoT)と呼ばれる新型車がスプリントカップシリーズにおいて採用され(2008年より全面移行)、より安全性が強化された。
平均時速が高いコース(デイトナ、タラデガの二箇所)でレースが行われる場合、リストリクタープレートが装着される。これによって馬力は500馬力前後、レブリミットは7000rpm程度までに落ちる。
屋根にルーフフラップと言う空力ブレーキの設置が義務付けられている。これはスピンの際に跳ね上げる小型の板で、この板が屋根から立つことにより車体上方の空気の流れを乱流にして揚力を小さくさせ、車体が浮き上がらないようにすることで、転倒やそれ以上の大事故となることを防ぐものである。
過去から現在まで、トヨタがほぼ唯一日本メーカーとして参戦している。トヨタは2000年にV6エンジンのセリカでグッディーズダッシュシリーズからNASCARデビューし、2003年にドライバーズタイトルを獲得。2004年に日本メーカーとして初めて3大シリーズ戦の一つクラフツマン・トラックシリーズにタンドラでステップアップし、2006年には初のドライバーズ・マニュファクチャラーズタイトルを獲得した。以降同シリーズでは2016年までの11年間に全メーカー中最多の9度のマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。
2007年からは最高峰のネクステルカップ・シリーズ、加えてネイションワイド・シリーズにもカムリで参戦を開始。ネイションワイド・シリーズでは2009年にドライバー・マニュファクチャラーズ、そして最高峰のスプリントカップ・シリーズでは2015年にドライバーズチャンピオン(カイル・ブッシュ)、2016年にマニュファクチャラーズタイトルを獲得している。2016年はデイトナ500優勝(デニー・ハムリン)、エクスフィニティ・シリーズ及びキャンピング・ワールド・トラック・シリーズのマニュファクチャラーズタイトルも勝ちとったため、三大シリーズ同年制覇の快挙を達成した。
なおカイル・ブッシュの、NASCAR史上初の2度の同一週末での3大シリーズ制覇は全てトヨタ車によって成し遂げられている。また、2016年にマーティン・トゥルーエクスJr.がコカ・コーラ600で全400周中392周、588マイルに渡ってラップリードを記録して勝利した時のマシンもトヨタ・カムリであった。
日本人としては過去に鈴木誠一が1969年(昭和44年)から1971年(昭和46年)に掛けて、スポット参戦ながらもNASCAR Grand Americanシリーズのデイトナ戦に3年連続で参戦。1995年(平成7年)には桃田健史が NASCAR SuperTruck Series(現:キャンピング・ワールド・トラック・シリーズ)のシリーズ発足年にPhoenixで1戦参戦している。2000年(平成12年)には古賀琢麻がNASCAR Weekly Racing Series に参戦、シリーズ参戦選手の中でもっともアグレッシブだったドライバーに与えられるハードチャージャーアワードを受賞している。2002年(平成14年)からNASCAR K&N Pro Series-Westに参戦し、2017年よりフルシーズン参戦をしている。
2002年(平成14年)には福山英朗がウインストン・カップ(現:モンスターエナジー Cup シリーズ)にDover戦でデビューし、翌2003年(平成15年)にはLas Vegas、Sonoma戦で決勝進出し、日本人として計4戦のNASCAR カップ シリーズ レースキャリアを持っている。
現在は2003年(平成15年)から に参戦を開始した尾形明紀が、NASCAR K&N PRO SERIES-EASTの経験を経て、2014年(平成26年)からキャンピング・ワールド・トラック・シリーズにスポット参戦している。また2017年から、欧州で開催されるNASCAR・ウィレン・ユーロシリーズに三浦健光がカムリで参戦している。
クラフツマン・トラック・シリーズなどにドライバーとして参戦していた服部茂章が、2008年からHRE(ハットリ・レーシング・エンタープライズ)を組織してチームとして参戦。2009年にはトヨタと日本政府観光局がスポンサーになってキャンピング・ワールド・トラックシリーズにスポット参戦。会場でのカー人気ランキングとカード売り上げランキング共に一位をとった。
その後HREは下位シリーズでチャンピオンを取ったあと、2017年からキャンピング・ワールド・トラック・シリーズにフル参戦。翌年に初優勝を挙げると、同年ドライバーズチャンピオンを獲得した。
1996年・1997年に鈴鹿サーキット東側コース、1998年にツインリンクもてぎのオーバルコースでエキシビション戦の「NASCARサンダースペシャル」、1999年にツインリンクもてぎのオーバルで「NASCARウィンストンウェストシリーズ(NASCAR K&Nプロシリーズの前身)・コカコーラ500」が開催された。ジェフ・ゴードンやデイル・アーンハート、ダレル・ウォルトリップ、デイル・ジャレットといったスーパースターが来日した他、日本からも土屋圭市、織戸学、福山英朗、中谷明彦、脇田一輝、中路基敬が参戦した。
タラデガ・スーパースピードウェイ
タラデガ・スーパースピードウェイ (Talladega Superspeedway) は、アラバマ州のタラデガに存在するオーバルトラック。1周2.66マイル(4,280m)。観客席数は14万3231席。
1969年に飛行場跡を改修して作られた古いトラックである。NASCARはネイションワイド・シリーズは春、キャンピング・ワールド・トラック・シリーズは秋の1回開催。スプリントカップシリーズは春秋の2回開催。
コーナーバンクが最大33度と、ブリストルが改修されてからは全トラック中1位となったハイバンクトラックであり、コースレイアウトはデイトナを0.16マイル延長した形のトライオーバル。リストリクタープレート・レースであるが、そのスピードレンジは極めて高い。
ブレーキはピットイン時以外に必要無く、またアクセルコントロールも必要無い。レース中は常に壮絶なドラフティング合戦になる。ドライバーがドラフティングしようとするあまり、車間距離センサーが0cmどころかマイナス側を示すほどにバンパーtoバンパーの走行が頻発する。その特性ゆえ単独走行でタイムを稼ぐのは不可能であり、ゴール寸前まで数十台による超接近戦が繰り広げられる。
このドラフティング合戦は、バンクがきつい事からターン中でも最大5列に及び、その姿形からドラフティング・トレインなどと呼ばれる。この接戦を上手く渡り歩けば一気に10ランク以上挽回できる可能性もある事から、最後まで分からない、誰でも勝てると度々言われるほど予測不可能なレースとなる。
なおデイトナと違うところは、コントロールラインがターン1側に寄っている点である。ファイナルラップ最後のコーナーがフロントストレッチのカーブに該当するため、最後のチャンスを目論んだゆえの接触、といったドラマが起こってしまうことがある。
デイトナ以上に全開で走行できる上、常に200mph(320km/h)近いスピードでバンパーtoバンパーの超接近戦を繰り広げるという理由もあり、事故確率が異常とも言えるほど高い。他車のバンパーを少し角度を変えて押すだけで、ターン・ストレートを厭わず簡単にコントロールを失い、ウォールへ向けて飛んでいく。それがスタート直後やリスタートから数周経った2〜5列に渡るドラフティング・トレインの中で起これば、当然後続を巻き込んだ多重クラッシュ(いわゆる『』)が発生する。
危険なのはドライバーだけでなく観客も同様である。このような超高速でスピンすると、ルーフフラップによる減速はあるものの、マシンはいとも簡単に浮き上がってしまう。1987年にはがフロントストレッチ側でスピンから浮き上がってしまい、キャッチフェンスへ直撃。衝撃で約100フィート(30m)に渡ってキャッチフェンスが吹き飛び、観客が巻き添えとなり飛散した破片で負傷する大クラッシュが発生した。これを機に、デイトナとタラデガではリストリクタープレートの装着が義務付けられた。それまでは、最高速が単独走行ですら220mph(354km/h)という全トラック中最速のコースであったが、リストリクター導入後に単独走行190mph(305km/h)まで落ち着いた。しかし、ターンでの減速が無いために、平均周回速度200mphを超えるミシガン以上に危険なトラックであることに変わりはない。
このようにドライバーに限らず観客にも危険が及ぶ事例のあることが、デイトナ以上の最も危険なトラック(Most Dangerous Track)と言われる所以である。改修があってもハードクラッシュを演じ続けるこのトラックは、関係者の中で「宝くじ」とまで呼ばれている。
後述の87年の事故を現地取材したエド・ヒントンによると、事故で大きく破断したフェンスの周りに陣取っている観客にインタビューしたところ、彼らは「事故の時この席にいた観客が避難して席が空いたのでここに座る事にした。危険である事は分かっているが、(彼が応援している)デイル・アーンハートが勝利するチャンスが僅かでも残っている限り、その瞬間を間近で見届けたいんだ。」と語ったとしており、ある程度のリスクは承知の上で観戦に望む事がファンの間でも心構えとして必要であり、それを承知できない者はNASCARの観戦に訪れるべきでは無い事を改めて認識したとしている。ドライバーや観客の勇気の一方で、保険会社からはNASCAR運営陣に対して「平均周回速度を200マイル(約320km/h)以下に抑えなければ、レースイベントに対する損害保険の価格を大幅に高騰させる」という警告も繰り返されており、NASCARは87年以降安全性とスリルの両立に苦心しながら様々な安全対策を施しているとしている。
499と銘打たれたこの年の春期レースでは、2度のビッグ・ワンに加え観客を巻き込む事故が発生した。
これらの事故を受け、同年秋開催よりキャッチフェンスをかさ上げし、車両側ではリストリクタープレートを小径化、さらにターン中のバンプドラフト(先行車へのプッシュ)を禁止する処置を行った。しかし、この年の秋期レースであるでは、183周目に前の車に詰まったライアン・ニューマンがスピンから後ろを向き浮上、車両は上下逆の状態で停止した。この事故でロールケージが潰れ、通常の方法で車外へ出られなくなったため、ロールケージを切断して救出された。
ストックカーの非公式トラックレコードは、2004年にラスティ・ウォレスがリストリクタープレート非装着のネクステルカップ車で記録した216.309mph(44.27秒)である。また、1975年にはマーク・ダナヒューがポルシェ・917を用いて221.160mph、クローズドサーキットにおける当時の最高平均速度記録を樹立した。
スリップストリーム
スリップストリーム (slipstream / tow) とは、プロペラを使用する航空機の後方に発生する後方に向いたらせん状の空気流、高速走行する物体の直後に発生する現象、もしくはスポーツ競技においてその現象を利用し直前を走行する人物・物体を抜き去る際に用いられる技術のこと。主にモータースポーツなどのスポーツ用語として用いられ、競技やカテゴリによってはドラフトまたはドラフティングとも言われる。
走行中の物体は、空気による抵抗力を常に受けている。抗力においては相対速度のみが2乗で加算されるため、低速域での空気抵抗は限定的であるが、ある程度の高速域になると急激に抵抗力が強くなるので、加速のためのエネルギーの多くが空気抵抗に打ち勝つことに費やしてしまい、速度が空気抵抗に制限され頭打ちとなる。その状態の時、物体の真後ろ近辺では前方で空気を押しのけた分気圧が下がっており、そこでは空気の渦が発生し周りの空気や物体などを吸引する効果を生むほか、空気抵抗も通常より低下した状態となっている。この現象をスリップストリームと言う。
このスリップストリームの中に物体が入る(真後ろに張り付く)事により、気圧低下による吸引効果や空気抵抗の低減によって、走行中の速度域において通常と同じ速度をより低い出力で発揮することが可能となり、これにより生まれた動力装置の余剰出力を使っての加速が可能となる。また自動車などの場合はエンジンなど動力装置の負荷軽減などの効果も生まれる。
スリップストリームを利用して加速した物体は、前の物体を抜き去る際にスリップストリームから脱出する事になるのだが、脱出した後は素の状態の空気抵抗を直に受けてしまうことになり、物体は急速に加速力を失い、最終的には速度が元に戻ってしまう。しかし、実際にはスリップストリームに入っている状態で稼いだ速度(または加速力)を残したまま脱出することになるので、しばらくは空気抵抗での頭打ちになる以上の速度を維持する事ができ、その間を利用して前方の物体を抜き去る事ができる。
スリップストリームの発生する範囲は、物体の速度域が高いほど広くなる。また前方部の物体の前方投影面積が大きいほど範囲も広くなる。(特に大型トラックを向かい風の中で追い越す際は、急激に空気抵抗が増えるため、あたかも妨害のためにトラックが加速したと錯覚するほど強く作用する場合もある。)
上述の通りスリップストリームを利用した場合は追い抜き行為が容易になり、追い抜きの際の負荷も軽減させることが出来る。加えて自動車などの場合はエンジンへの負荷軽減により燃費を改善させるといった利点もある。
空気の薄いスリップストリームから空気圧の高い層への移動は空気の圧力が急激に変化するため、物体が不安定になりやすく、また速度域によってはスリップストリームの周辺部分に後方乱気流が発生するため、抜き去り行為の際に物体の挙動が極端に不安定になりやすい。そのため、特にモータースポーツなどの高速域でのスリップストリームを用いるカテゴリでは、後方のマシンがスリップを出た途端にスピンやコースアウトを喫する場面がしばしば見られる。
また自動車においては、空気の流量が減少してしまうためにラジエターなどの冷却装置の性能が低下するほか、エアロパーツなどの空力部品の性能も満足に発揮されずダウンフォースも低下するなどの欠点もあり、特に車の前方に当たる風圧が極端に減少するため、マシンがアンダーステア傾向となりやすい。
このため、スリップストリームに入る場合は、利点と欠点のバランスを取れるゾーンに絞る必要がある。
スリップストリームの中に物体が入っている状態のとき、先行する物体においても、後方に出来て抵抗となる空気の渦が整流される事により空気抵抗が減り、若干スピードが上がる。これはバックスリップと呼ばれる。バックスリップの効果はスリップストリームの効果よりも希薄であり、自動車競技においては超高速戦であるNASCARやインディカーで無い限り効果はほとんど感じられない。
スピード系のスポーツにおいては、スリップストリームがしばしば競技成績を左右することになる。用語については、自転車競技やインディカー・シリーズやNASCARをはじめとする北米のモータースポーツにおいては、「ドラフティング」という語が主に用いられる。
モータースポーツにおいては超高速域での競技という特色から、古くよりスリップストリームが競技成績を左右する重要なファクターとして用いられている。特にワンメイクレースのように使用マシンごとの差が非常に小さいものの場合、運転者の技量が互角の場合はスリップストリームを利用しない限り前車を追い抜くのが難しくなっている。
上記の通りスリップストリームの範囲は高速になるほど広がってゆくが、それでもモータースポーツにおける速度域では相当な距離まで接近しないとその効果が現れにくい。そのためレース走行においてスリップストリームを利用する際は、利用する側もされる側も双方がある種の信頼関係の下で行うものであり、利用される側が相手の目前で急ブレーキを行うのはブレーキテストと呼ばれ、大変な危険行為として忌み嫌われている。またルール上はグレーゾーンとなるが、カテゴリーによってはスリップストリームで引っ張ってくれた前走車を何回か後から押してあげることがマナーとされる場合もある。
またNASCARではスリップストリームを利用するマシンが数珠繋ぎとなって走行するのが名物となっており、数珠繋ぎに加わることが出来ず(スリップストリームが使えず)、また後ろに誰も付いてくれずに孤立されてしまったマシン(バックスリップの加護を得られない)がズルズルと後退していく姿がしばしば見られる。
一方で、今日のF1はあまりにも空力に頼りすぎたマシンになっているためスリップストリームのデメリット部分が顕著に出やすい。前輪にかかるダウンフォースの低下によりハンドリングがアンダーステアとなりコースアウトの原因になるなど、マシンの挙動がかえって不安定に陥りやすくスリップストリームが有効に使えないのが現状である。
なおスリップストリームはサーキットなどの閉鎖路において競技者の相互信頼のもとで成り立つ競技行為であるため、一般路上においてどういう人が運転しているのかがわからない者同士行うことは、大変な危険行為である。
自転車競技でもモータースポーツ同様に重要なテクニックとなっている。ロードレースでは、一人の選手が先頭で長距離を走行することによる疲労を防ぐ目的で先頭交代が併用されるが、エース格の選手は勝負どころになるまで先頭には出ず、各チームのアシスト達が先頭交代を行う。また、平坦なコースにおける大きな集団でのゴールの直前では同チームの選手が縦一列に並ぶ「トレイン」が見られるなど、スリップストリームを利用したチーム戦術が発達している。
但しトライアスロン(一部のエリートレースは除く)や、ロードレースでも個人タイムトライアルの場合は、先行する選手に過度に接近することが禁止されている。またタイヤのパンクや機材故障等で集団から遅れた選手が、集団に復帰するためにカメラバイクやチームカー・ニュートラルカー等を風除けに使うことが往々にして見られるが、これもルール上は禁止行為である(実際は悪質なものを除いて黙認されている)。
競輪においても、先頭を走る選手は空気抵抗を受けて不利な立場に追い込まれるため、かつてはレース中に先頭を走ることを「トップ引き」と呼び、格下の選手が行うものとされていた。現在は「先頭固定競走」として、レース残り1周半程度までは競走に参加しない「先頭誘導員」と呼ばれる選手が先頭を走る形式のレースが一般的となっており、「トップ引き」は行われない。また先頭誘導員退去後に空気抵抗を避けて競走を有利に運ぶ目的で、ほとんどの競走では複数の選手がラインを組んでゴール直前(普通最終ラップの3~4コーナーあたり)まで共闘する。
国際ルールのケイリンでも、風圧の影響によるハンデを受けないようにするため、ゴールまで残り600~700m程度までの間先頭に「ペーサー」と呼ばれる動力付自転車(オートバイもしくは電動アシスト自転車)が入り、日本の競輪における先頭誘導員と同様の役目を果たす。
スピードスケートやショートトラックスピードスケートにおいても、スリップストリームは重要なファクターとなる。スピードスケートでは個人競技で同走選手のスリップを意図的に利用する行為は「同走選手への進路妨害」として失格の対象となるが、「団体追い抜き(チームパシュート)」においては3人目の選手が1人目・2人目選手のスリップストリームを如何に利用するかが勝負の鍵となる。またショートトラックやマススタートではリンクの中を密集状態で走るため、前方選手のスリップを利用してどのタイミングで抜け出すかが勝負を決める最大の要素となる。
陸上競技の速度域におけるスリップストリームの範囲・効果は上記のカテゴリほどではないが、それでも長距離種目(特にマラソン、駅伝)において、前を走る選手を風除けに使うことで体力の消耗を防げることが広く知られており、近年は大きなマラソン大会では風除け等のためにペースメーカーを配置することが多く行われている。また100メートル競走などの短距離トラックレースでは選手ごとに走行レーンが決められており、走行中にスリップストリームが利用できないようになっている。
船舶も速度域の関係で走行中に相応のスリップストリームが発生するが、こと競艇の場合は、それ以上に水上で発生するモーターボート後方の「引き波」が後ろの艇の推進力を大きく損なってしまうため、スリップストリームが結果要素になりにくい、スピード系競技としては珍しい競技カテゴリとなっている。ゆえに競艇ではスタート後の第1ターンでトップに立った艇がそのまま1位でゴールインする場合が殆どであり、2位以下の順位変動はむしろ首位走行艇などの先行艇の起こした引き波が大きな要因となる。
テレビゲームにおいてもスリップストリームの原理を採用したものが登場しており、マリオカートシリーズや爆走デコトラ伝説シリーズ、デイトナUSAシリーズやグランツーリスモシリーズ、リッジレーサーシリーズ、Forza Motorsportシリーズ等においてスリップストリームがゲームシステムに組み込まれている。
プロペラ飛行機の場合、スリップストリームの中に操縦舵面を配置した場合、そうでない場合よりも舵の効きが強くなる。それとは逆の作用としてスリップストリーム中に舵を配置した場合、エンジンの出力状態によって舵の効きが変化し、諸々の好ましくない効果が生じる。
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