スーパーGT、GT500クラスで2016年にレクサスがRC-FからLCにベースモデルを変えるようですがどのような理由が考えられますか? 私はレクサスの旗艦スポーツモデルがRC-Fから、LCに変わるからであって空力などは考えずに変えるのだと思っています。
メカニカルな要素など、分かる(考えられる)範囲で教えてください。
スーパーGT に関する質問
(1974年2月22日 - 1991年5月12日)は、日本中央競馬会の競走馬・種牡馬。1977年の東京優駿(日本ダービー)が主な勝ち鞍である。引退後に種牡馬となり、晩年は韓国に寄贈された。
馬名がーではなくとなったのは「ラッキーセブン」にちなんで7文字の馬名にしたためと言われている。
馬齢は旧表記を用いる。
1974年2月22日、北海道伊達市の高橋農場で誕生。父・ステューペンダスはボールドルーラーを父に持つ1963年生まれのアメリカ産馬で、1966年にプリークネスステークスで2着になっている。種牡馬としては、1968年からイギリスで供用され、1973年より日本に輸入された。はステューペンダスの初年度産駒であった。以外の代表産駒としては地方出身ながら宝塚記念を勝ったカツアールがいる。
母・トーストは4歳時は桜花賞2着が最高であったが、古馬になって本格化し、金杯(東)・中山記念・アルゼンチンJCC・毎日王冠に勝ち、天皇賞(秋)・有馬記念で2着の実績を残した名牝。牝馬限定路線が整備されている現在なら、おそらくGI競走を2勝以上しただろうと思わせる逸材であった。
母の父・ハクリョウは菊花賞で優勝してから本格化し、5歳で天皇賞(春)を制覇、日本で初めて制定された啓衆社賞年度代表馬に選ばれている。代表産駒としては皐月賞馬・ヤマノオー、桜花賞馬・シーエースがいる。
早生まれで大きく育ったは牧場で評判が高く、早くから尾形藤吉調教師に目を付けられていた。東京鐵鋼社長の吉原貞敏に800万円で購入され、1975年11月に東京・尾形藤吉厩舎に入厩した。
560kgを越えるはなかなか身体を絞れず、デビュー戦は1976年6月の札幌ではなく、8月15日の函館となった。デビュー戦は伊藤正徳を鞍上に3着だった。折り返しの新馬戦も2着となり、初勝利は10月の中山の未勝利戦だった。
11月の東京の白菊賞はカネミノブの2着、同月のさざんか賞は勝って2勝目を挙げたものの、12月の中山のひいらぎ賞はプレストウコウの2着に敗れて、この年を終えた。
1977年、4歳となったは休養を取ることなく、1月の京成杯で初めて重賞に挑戦。朝日杯3歳ステークスでマルゼンスキーと接戦を演じていたヒシスピードの2着に敗れた。
2月の東京4歳ステークスもヒシスピードの4着に敗れた。ここまで使い込まれているにも関わらず、の馬体はなかなか絞れず、巨体を持て余していた。しかし、尾形は飼い葉を減らさず、汗取りもせず、自然に成長するのを待った。
尾形の誕生日である3月2日に行われた弥生賞では、は540kgにまで絞り込まれた馬体で挑み、出ムチをくれた逃げ戦法に出て、3度目の重賞挑戦で重賞初制覇を決めて、クラシック候補に名乗りを挙げた。
4番人気で迎えた皐月賞は先行して抜け出しを図ったが、伊藤の同期で「天才」と称された福永洋一騎乗のハードバージが忍者のように内から伸びてきて、為す術もなく2着に敗れた。
そして、1番人気に推されたダービートライアルのNHK杯では直線で粘りを欠き、プレストウコウの4着に敗れた。
日本ダービーは曇り空の中、良馬場で行われることになったが、持込馬でクラシックの出走権がなかったマルゼンスキー以外で争うことになり、どんぐりの背比べといった感じで、戦国ダービーの様相を呈していた。
武邦彦に乗り替わったハードバージが1番人気に支持され、ボルテール、パワーシンボリがそれに続き、福永がハードバージから乗り替えたホリタエンジェルが4番人気であった。は調教の動きこそ抜群で好気配を示していたものの、28頭立ての7枠24番と、前走の凡走ぶりから9番人気と低評価であった。
は外枠から好スタートで斜めに横切り、1コーナーを先頭で回った。しかし逃げる意図はなかったので、向正面でワールドサバンナにハナを譲った。ハードバージは中団の外に待機し、ポルテール、パワーシンボリも同じ位置に控えた。プレストウコウとカネミノブは好位に付け、ホリタエンジェルは後方に位置した。
直線に入ると、まずカネミノブが先頭に立ち、すかさずと伊藤が馬体を合わしてこれをかわすと、ゴールを目指すにハードバージが迫った。一完歩ごとにを追い詰め馬体が合うが、ゴール寸前で最後の粘りを発揮したがハードバージを競り落とし、頭差先着していた。「欅の向こうを越えたら馬任せ。直線で抜きかえすつもりで行け」という尾形の指示を伊藤が忠実に守り、それが最後の逆転に繋がった。
尾形にとってはメイズイ以来14年ぶり8回目、生涯最後のダービー制覇となった。尾形にとって過去7回の制覇は馬房制限がなく、素質馬を独占できた頃の記録で、それ以降のダービー制覇は至難の業であった。表彰式で尾形は感涙していたが、このダービーの夜に自宅が火事で全焼する悲劇に見舞われることになる。一方、に騎乗していた伊藤は父・正四郎も第5回の日本ダービーをトクマサで優勝しており、史上2組目の父子2代のダービージョッキーになった。
また、アメリカ産種牡馬がダービーを制するのは初めてであり、この時のの馬体重534kgは2020年現在でも日本ダービー優勝馬最重量であり、同時にダービー史上最外枠での優勝馬でもある。ただし、勝ちタイムの2分28秒7は前週のオークスを勝ったリニアクインに0.6秒も劣るもので、出走馬のレベルの低さを伺わせた。
ダービー優勝後、は、夏の間は府中で過ごした。なお、休養中の7月26日に父・ステューペンダスが死亡している。
秋は10月の中山から始動。初戦の平場のオープンで逃げ切り勝利をおさめると、3日後に西下して京都新聞杯に出走。ここはプレストウコウの2着に敗れたが、前哨戦ということもあり問題視されなかった。
菊花賞では、は直前での調教の動きが抜群だったこともあり、「亡くなった種牡馬の仔は走る」というジンクスも手伝って1番人気に推された。だが、レースでは九州産馬・オサイチセイダイのハイペースの大逃げに反応して2番手に付けてしまいスタミナが著しく消耗、直線で急激に手応えを失い15着に惨敗した。
菊花賞後、は深管骨瘤で2年余りの長期休養に入り、復活したのは6歳になった1979年12月9日の中山の平場のオープンだった。しかし、長期の休み明けが祟ったのか、結果は7頭立ての殿負けに終わった。
年が明けて1980年、7歳となったは1月の東京、2月の中山と平場のオープンを2戦したが、それぞれ2着、7着に敗れた。4月の京王杯SHは7着、5月のニュージーランドTも11着と惨敗が続いたが、6月の札幌日経賞でプリテイキャスト以下に逃げ切り勝ちし、鮮やかに復活した。
尾形は、天皇賞から有馬記念を目指すと宣言したが、続く札幌記念は14頭立ての9着、8月の函館の巴賞と函館記念はそれぞれ殿負けを喫した。尾形はダービー馬の名誉を守るため引退を表明。11月30日に中山で引退式が行われた。
引退後は中央競馬会が4500万円で買い上げ、日本軽種馬協会へ寄贈した。1981年から胆振種馬場で種牡馬として供用されたが、馬体重が700kgを越え、性器も大きかったため、小柄な牝馬では相手が務まらなかった。マルゼンスキーと同世代であったため不当に低い評価をされ、1986年には種付け5頭という寂しさであったが、1987年にトチノルーラーがきさらぎ賞を勝ち、種付け頭数も39頭に戻り、種付け料も15万円から20万円に上がった。種牡馬としては成功とは言い難く、1990年にはプレストウコウ・カツトップエースとともに韓国に輸出されたが、1991年5月12日に事故により死去。残した僅か4頭の産駒の中から1996年-1997年韓国最優秀内国産馬のタンディチェイル(当代第一)を送り出した。
は日本ダービーを制して世代の頂点に立ったが、この世代には、当時の規則で持込馬には出走権が無く、クラシックに出走できなかったマルゼンスキーがいた。
マルゼンスキーと同世代のダービー馬である本馬は直接対決が期待されたが、マルゼンスキーも脚部不安で早々に引退してしまったため、実現することはなかった。このため、マルゼンスキーとの直接対決で完敗しているヒシスピードやアローバンガード、プレストウコウなどの、両馬と対戦した他馬を定規としたマルゼンスキーとの机上の比較が、マスコミや競馬ファンにより行われることとなった。また、が優勝した日本ダービーの優勝タイムがオークスで優勝したリニアクインのタイムを0.6秒も下回っていることや、ダービーの前哨戦である4歳中距離ステークスでも牝馬であるリニアクインが7馬身差で完勝していたことから、は軒並み低評価を与えられ、後に「悲運のダービー馬」などと形容されることになった。
また、同世代の皐月賞馬ハードバージも競走生活引退後の種牡馬生活が不調で、最後はショーや馬車の使役馬に転用された末に、熱射病で死亡するという悲劇的な運命を辿っている。マルゼンスキーがクラシックに出走できず、裏街道路線に進まざるを得なかったことも、この世代の評価を押し下げる要因となっており、後年、この世代の牡馬はしばしば「悲運の世代」として評されている。
そして、1977年の牡馬クラシック路線で活躍した馬の悲運と、ちょうどこの10年後の1987年の牡馬クラシック路線で活躍したサクラスターオーやマティリアルらの悲劇的な生涯に因み、「西暦末尾が7の年のクラシック戦線の牡馬たちは不幸の世代になる」と、ジンクスの様に語られた経緯がある。
なお、の代表産駒であるトチノルーラーは1987年の牡馬クラシック組であり、ジュニアカップやきさらぎ賞などクラシック本番までに4勝を挙げて期待されたものの、クラシックレース以後は伸び悩み、5歳時に上山競馬場に移籍したため、きさらぎ賞が中央競馬での最後の勝利となっている。
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ユーザーが疑問に感じている「スーパーGT」に関する質問集です。
スーパーGTの知りたいことや、みんなが疑問に思っている スーパーGTに対する質問がたくさんあります。詳しい人からの回答もたくさん集まっているので スーパーGTへの疑問が解消されます
スーパーGT、GT500クラスで2016年にレクサスがRC-FからLCにベースモデルを変えるようですがどのような理由が考えられますか? 私はレクサスの旗艦スポーツモデルがRC-Fから、LCに変わるからであって空力などは考えずに変えるのだと思っています。
メカニカルな要素など、分かる(考えられる)範囲で教えてください。
スーパーGT に関する質問
現在のGT500はデザインラインから下は独自の甘い汁空力開発が可能ですが、デザインラインから上はベース車両の形状に依存します つまり変更する理由は空力です と、最近のオースポにありました
今週末に、いよいよスーパーGT1000kmレース鈴鹿が開催されます。
GT300クラスの 皆様の順位予想を、お願いします。
ベストアンサーは、GT300にちなみ、300ポイントと言いたい所ですが、設定できないので250ポイントです。
スミマセン。
台数・メーカー・車種も多く、まさにカオスの300クラス。
皆様の順位予想をお願します。
ルールとして、1位~3位まで、或いは1位~5位くらいまでの、メーカー車種ではなく、チーム単位での予想とさせて頂きます。
決勝リザルトの中で、ピタリ賞、またはそれに近い方をBAにさせて頂きますが、こちらの想像を超える、オモシロ回答や、ビックリ回答には、独断で、BAにさせて頂く事もございます。
なお、予想につきましては、8/28決勝スタート時までの回答を対象とさせて頂きます。
サー皆さん、張った、張った!
スーパーGT に関する質問
誰も参加してくれませんね。
残念!
スーパーGT鈴鹿1000kmで38号車の ZENT CERUMO RC Fが黄旗無視で36号車 au TOM’S RC Fを抜いたのはどーなったんですか?ペナルティなかったよなぁ・・・ S Road CRAFTSPORTS GT-Rの本山さんは ペナルティ受けてましたよね・・・ 何故に?
スーパーGT に関する質問
スプーンひとつめ(T13ポスト)に入ったとき振られていたのはホワイトフラッグで、通過してからホワイトとイエローになりました J SPORTS解説の由良さんが「(順位を)戻さなきゃだめだよ」と言っていますが、通過時にオフィシャルが振っていたのは確かに白旗で、通過時のT13〜14間は追い越し禁止ではなかったことになります 黄旗が振られ始めたときにはほぼ真横に来ているので(画像下)、これを立川が確認できているとは言い難いです また36のキャシディがアンダーでそのまま外側の縁石に向かっていってますから、立川がオーバーテイクを仕掛けたとも言えません 言い換えればコースオフしそうになった36を避けただけと言えます 本人も「普通に走っていただけで、36がはみ出しただけ」と語っています GTAの服部尚貴も「検証の結果問題なかった」と語っています AUTO SPORT webにも記事があります http://www.as-web.jp/supergt/41065
スーパーGTを見ていて思ったのですが、なぜGT500の予選が始まっているのにも関わらず出走せずに、残り10分くらいになったらどっと出てくるのでしょうか? クリアラップをとるなら誰も走っていない開始後すぐの方が良いですし、タイヤの一番おいしい2~3週ならクリアラップ取れそうです。
一番に出ればカメラを独占できて、露出も増えますしスポンサーもハッピーな気がします。
後半一斉に走り出す理由があるのでしょうか?
スーパーGT に関する質問
他の車が走った後の方がラバーが乗ってグリップするし、 先にタイヤを使ってタイムを出した後にタイムを更新されても、 もうどうしようもありません。
それなら、ライバルのタイムを睨みながら、 ラストで勝負となるのが自然な流れだと思います。
ただクラッシュが起きて、赤旗からそのまま終了になったり、 突然の雨で先にタイム出した車が上位という事態も、 実際に起きているので、最近は早めに動くチームが増えてますね。
来期のスーパーGT 、2017年規定ではGT500クラスのダウンフォースが25%削減して、高速化に歯止めをかけるようですが当然ダウンフォースが減るのでストレートスピードは上がります。
その反面コーナリングスピードは落 ちますが。
このようになったとき、難しいなったと言われるGT300の処理にはどのような影響が出るのでしょうか? また、GT500内での勢力図にどのような影響を与えると思いますか? 最後に、どのような形でダウンフォースを25%削減するのですか?
スーパーGT に関する質問
>難しいなったと言われるGT300の処理にはどのような影響が出るのでしょうか? 直線スピードが上がれば、300との速度差が大きくなってストレートエンドでの追い抜きがしやすくなる。
逆にコーナーリングスピードが落ちるから、中高速コーナーで300に出くわすと、今まで見たいに"大外刈り"でオーバーテイクがしにくくなる。
>GT500内での勢力図にどのような影響を与えると思いますか? コレばっかりは、蓋を開ける(合同テストとかで3車種が揃って走る)まで判らない。
>どのような形でダウンフォースを25%削減するのですか? フロントのオーバーハング(チンスポイラー)の縮小、ディフューザーの跳ね上げ高さの縮小、それに伴うデザインラインの変更。
要するに車体下面でのダウンフォース量を削減しようって考え。
変更点についてはJAFのモータースポーツニュースで配信されてる。
http://www.jaf.or.jp/msports/msinfo/image/ms_news286.pdf
スーパーGTのウエイトハンデについてです。
500 300 それぞれのウエイトハンデのレギュ?を教えて下さい。
スーパーGT に関する質問
スーパーGT Sporting Regulations 第23条 ウェイトハンディ制 各競技会の競技成績により、各競技車両は次競技会に向け性能引き下げ措置が課される。
1.1台の車両(競技車両ゼッケン番号単位)に登録されたドライバーが、それぞれの競技会において獲得したドライバーに対するシリーズ得点の累積を基準にウェイト積載が課せられる。
1)参戦6戦までは 前戦までの各戦においてその車両を運転したドライバーが獲得したシリーズ得点の累積1ポイントを2Kgに換算した重量のハンディウェイトを積載しなければならない。
2)参戦7戦目 前戦までの各戦においてその車両を運転したドライバーが獲得したシリーズ得点の累積1ポイントを1Kgに換算した重量のハンディウェイトを積載しなければならない。
3)参戦8戦目 ハンディウェイトは撤回される。
何らかの理由により大会が中止された場合でも、大会は開催されたものとし計算される。
※ハンディウェイト1Kg単位で積載する。
但し、1Kg以下の端数が生ずる場合切り上げて適用される。
※参戦数は当該競技会出場時のチーム(競技車両ゼッケン番号単位)の参戦数が採用される。
但し、事故による車両修復等の止むを得ない事情により欠場した場合は参戦したものとして数える。
2.上記1項におけるウェイトハンディは100Kgを上限とし、この上限を超える分は積載を免除されるが、数値上の累計は行われる。
3.ウェイトハンディを課せられた競技車両は、競技車両の定められた位置にウェイトハンディマークを表示しなければならない。
競技車両は、ハンディウェイト及びウェイト取り付け装置を外した状態で最低重量を満たさなければならない。
ウェイト取り付け装置の重量はウェイトハンディに含まれる。
ハンディウェイトの形状は自由であるが材質は鉛(比重11.3~11.4)または鉄(比重7.8~7.9)で50Kgまでの積載位置は第25条2項に定められた取り付け位置に限定される。
クラスⅡ(GT300)車両の累積50Kgを超えるウェイトは、形状・積載位置は任意とするが、材質は鉛(比重11.3~11.4)または鉄(比重7.8~7.9)とする。
但し、FIAーGT3車両については、第25条2項2)に基づき、GTAが搭載位置を指定する。
ハンディウェイトとウェイト取り付け装置の重量合計が、上記規定ハンディ数値を下回ることは許されない。
4.公示 上記措置が適用される競技車両については、各競技会終了後10日以内にGTAが各々のハンディ重量を計算し、SUPER GTレースブルテンにて公示する。
なお、控訴によって競技結果が保留となり次競技会までにその裁定が下されない場合には、暫定競技結果成績に基づきハンディ重量が計算され、次競技会後に下された裁定によりその暫定競技結果が変更されたとしても、当該ハンディ重量計算結果内容は修正されることはないものとする。
このハンディ重量計算に関する抗議・控訴は一切受け付けられない。
2016 Autobacs Super GT Round.5 富士300km戦ですが、GT500はカルソニック・インパルの大勝利!!! ポールポジションスタートで見事優勝。
星野監督、オリベイラ選手、安田選手おめでとうございます。
ついにカルソニックが遂に覚醒か。
Round.2の同じく富士で500kmの屈辱を果たせましたね。
それと先月のスーパーフォーミュラ戦で、これも富士戦、オリベイラ選手が優勝しましたが、インパルは富士での勝利のコツをつかんだのでしょうか。
総合順位で表彰台行けますかね?行ってほしいな。
GT300はARTA M6ですが優勝しました。
土屋圭市監督のチーム。
ラストでR8で追い詰められるところでしたが見事な逃げ切りでしたね。
3位はBRZでした。
個人的には土屋親子のVivac 86が来てほしかった。
ところで S-Roadは何が起きたのだろうか?ふっとばされた感じでしたが・・・・・ ARTAですが300は素晴らしい戦いを見せますが、一方の500は失礼な言い方ですが、まるでダメですね・・・・ あれ? 今回の表彰台、500がブリヂストンタイヤ勢で300は2位までドイツ車勢。
ブリヂストンタイヤですが、今回表彰台に乗りましたレイブリックも500km戦いではタイヤバーストでリタイヤでしたよね? 今回の勝利はタイヤも大きく関係するのかな? 現地行きたかったなあ・・・・
スーパーGT に関する質問
> S-Roadは何が起きたのだろうか? これについては、もう判明している。
ブレーキのトラブル。
>ついにカルソニックが遂に覚醒か。
別に覚醒なんてしていない。
インパル陣営としては、もともと富士での勝率は、ほんの少し低いものの、星野さんが現役だったころの経験と、JPと安田君の的確な要求によって、今回もいい車が完成した。
>ブリヂストンタイヤですが、今回表彰台に乗りましたレイブリックも500km戦いではタイヤバーストでリタイヤでしたよね?今回の勝利はタイヤも大きく関係するのかな? 知り合いが、BSのレースのウエットタイヤ担当だが、その人に聞いたら、次の富士(これは、Rd.4後に聞いた話です。
)は、BS陣営としてすごい良いタイヤを作ったから、次こそは、きっとバーストはないよ。
と言っていた。
それに2台(#100と#12)のバーストは、ほんのちょっと前のラップから予想ができた。
100Rは、2013年までの車両での例だが、200Km/hで突っ込んで行っている。
そのため、横Gが激しく、バーストしやすい地点。
そのため、100Rに合わせたタイヤを作ったみたい。
それに、ミシュランも#46がアクシデントでリタイヤするまで2位を走ってし、80kgのWH積んだ#1が4位だったから、BS有利なコンディションだったとは言い切れない。
むしろホンダ勢の2-3は、新エンジンが大当たりしたのと、WHが少なくて有利だったって面もある。
レクサスのは、ダウンフォースが不足しているため、リヤウイングを立てなければならず、それによってドラッグも増えてしまい、エンジンパワーを速度に活かせない。
ということ。
>現地行きたかったなあ・・・・ 絶対に行かなかった方が正解。
人は多いし、直射日光はきついし、パスを持っていても、ピット内にいても、熱かった。
それに、日焼け止めを塗りたくっても、焼けてしまった。
はじめまして。
7日の日曜日に富士スピードウェイで行われるスーパーGTの決勝に行きます。
初めてなのですが、ピットウォークの前売りチケットを購入できませんでした。
日曜日の朝に当日券を購入予定なのですが、実際に決勝当日にピットウォークのチケットを 購入するのは難しいでしょうか? 宜しくお願い致します。
スーパーGT に関する質問
富士に行ってきましたが、ピットウォークは予選日(土曜日)には会場で買えましたよ。
1600円でした。
ただ決勝日(日曜日)の販売はしませんと書かれていました。
スーパーGTを見てて思ったのですが、レーシングカーがコーナーに入るときに減速をする時に出るバツバツバツバツーとかボボボボボーボーとかって音がするのはどういった仕組みであの音がするんでしょうか? 排気だけであんな音がするんですか? 一般で売ってるスポーツカーでもあの音を出す事は可能なんでしょうか?
スーパーGT に関する質問
おそらく、GT500のマシンと、GT300で言えばSUBARUのマシンかと。
「アンチラグシステム」(ミスファイアリングシステム)のことですね。
ターボは排気圧でタービンを回転させて圧縮空気をエンジンに送り込んで出力を上げます。
が、減速時はタービンの回転が普通だったら下がります。
その減速を抑えるために未燃焼ガスを燃焼させる?という仕組み。
その時に発生する音が「ババババ」だったり「ボボボボー」だったり。
説明がわかりにくくてごめんなさい。
昔の大排気量ターボ(インプレッサとか)だったら音はするかな?
皆様が思う全日本GT・スーパーGTの全盛期(もしくは最も面白かった頃)はいつ頃やと思いますか?僕的には、本山選手脇坂選手道上選手のトップスリーが活躍してた2002〜2004頃が面白かったです。
皆様はどうですか?
スーパーGT に関する質問
私はもう少し前の1999年から2000年頃が一番面白かった、というか興味を持って見ていた気がします。
車がスープラ、NSX、GT-Rそれぞれ現行モデルでしたし、今ほど市販車からかけ離れたイメージでなかったこと、ドライバーがベテランの高橋国光さん、長谷見昌弘さん、星野一義さん、そこにF1戻りの鈴木亜久里さんや片山右京さんがいて、さらに箱車上がりの土屋圭市さん、織戸学さん、そして本山さん、脇坂さん、道上さん、立川さん、伊藤さんなど、あげきれないほどの個性豊かな面々がそろっていてレースももちろんのこと、ドライバーを見るだけもワクワクしたものです。
正直今のスーパーGTは車が市販車から現実離れしすぎてしまってどうも興味がわかなくなってしまいました。
ドライバーもカート上がりのフォーミュラーに乗れるようなドライバーでないと厳しいみたいですし。
今はスーパーGTよりマイナーですがスーパー耐久の方が面白いと思って見てます。
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