元ロッテの菊村徳用投手を知ってますか? 1975年 悪さぼうずで通っている菊村だが、そこはなんといっても18歳。一週間も前に先発を言いつけられていたのに、試合前から顔がひきつっていた。「オープン戦など、いくら負けてもいい。わしは、キャンプの延長、実戦練習のつもりでいる」とカネやんは言うが、ネット裏千四百円。内野七百円の入場料は安くない。カネやんの唯一のサービスは、ドラフト一位、期待の左腕、菊村の先発にあったのだがー。捕手の村上が、ミットを地面すれすれに構えて「押えろ、押えろ」とアドバイスするが「何がなんだか、さっぱりわからない」という菊村には何の効用もない。トップ大下をストレートで歩かせ、苑田には得意のカーブを左前へ、三村には直球を左越え。二死から三走・苑田におどかされてボーク、とさんざんな立ち上がり。二回になるとまるでストライクが入らなくなってしまった。「緊張したんですかね。夢中で、何もわからないうちに終わってしまって・・・」「カーブ投げればカン。ストレート投げればカン。セットポジションから三塁走者を見たら、苑田さん、いきなり走り出して、あっけにとられてしまって。あれ、ボークです」「広島をなめたのかなあ、いやそういうつもりはないんです・・・」だんだん、言うことまでおかしくなってー。菊村クン、試合からはなれても、また雲に乗っているように、からだがふわふわしているみたいだ。ロッテは、別に菊村の好投を期待したわけではない。「お客さんも見たいだろうし、菊村にはプロのきびしさを知ってもらいたかった。だから、きょうは大へんよい日でした」というカネやんである。「菊村は二年後にものになればいい。おそらく、もう登板はないでしょう。三井がそうだったように徹底的に鍛えます」くせのないフォーム、大きくなりそうなからだ、鋭いカーブ。菊村はやはり大器だ。投手王国ロッテは、じっくり菊村を育てるつもりだ。昨年の新人王・三井のように菊村が意外に早く出てくるとしても、後半だろう。ロッテの左腕はことしも水谷一人とふんでいい。