元中日の江藤慎一選手を知ってますか? 1962年 昨年暮れの二十五日、江藤は新人の自主トレーニングに参加してびっくりし

元中日の江藤慎一選手を知ってますか? 1962年  昨年暮れの二十五日、江藤は新人の自主トレーニングに参加してびっくりし

元中日の江藤慎一選手を知ってますか? 1962年 昨年暮れの二十五日、江藤は新人の自主トレーニングに参加してびっくりしたそうだ。若手選手たちのからだがすでにできあがっていたからだ。そしていずれもやる気になっている。「これはいかん。いままでと違うぞ。まごまごしていられない」と江藤はその日から張り切っている。入団してから目標にしていた森は大洋に移ったが、新しい競争相手がはいった。南海からはいった寺田だ。寺田はノンプロの日鉄二瀬ですれ違いだったが先輩である。江藤は「寺田さんは寺田さん、ぼくはぼくと立場が違う。だからライバル意識は燃やしていない」と口では否定するが、ファイターの江藤がそんなはずがない。「それよりことしから大変ですよ。女房ももらったし、弟(省三君、中京商の三塁手で今春慶大受験)は進学するしね。だから費用も相当かかるだろう。三月には家も新築にしたい。そのために一銭でも多く給料をもらうようにしなくてはね。たしか去年ぼくは三割を打つなんて大きな口をたたいたと思う。しかしことしはそんなうわっ調子な考えではいられない」江藤の目標は本塁打二十五本と打点王だ。「いきなり打率三割を望むのはムリだと思うが、打点王のタイトルだけはなんとかとりたい。毎年いいところをうろついているんだがね。去年だってだいぶ差はあったものの三位だったんだから」濃人監督も「江藤はスイングが大きくなってきたからホームランがもっとでるだろうし、打点王も望める。江藤はいままでボールを打つ欠点があった。このボール打ちがすこしでもへれば、それだけ打率も上がるんだ。去年以上の成績はまず絶対だね」といっている。「外野に定着できるのもぼくにとっては大きい。気分的に楽だからね。いままでのように内野だ。外野だとポジションがかわると、なんとなく落ちつかない。とにかく全試合無事故で出場したい」といいながら江藤はベンチの中央にある火バチでヘルメットをあたためた。「頭を冷やすものだぞ」濃人監督がいうと「いや、こう底冷えのする日は頭もあたためんことには働きがにぶりますよ」と笑いながらグラウンドにとび出した。打席に立った江藤は右左に大飛球をおもしろいほどとばしていた。

江藤慎一選手 1971年「ロッテ時代」 「首位打者・江藤が誕生日に放出された謎、それも首位打者確定の日に・・」 ペナントレースが終わるか終わらぬうちに、アッと驚くような大トレード劇が行われた。ロッテが江藤というパ・リーグ最高の打者を放出するという大英断。シーズン途中から指揮を執る大沢監督の狙いはどこにあるのか。 ・球界を驚かせた、このトレードを再録してみよう。その日「10月6日」ロッテは南海との今季最終戦。冷たい雨の日だったーーーーーーーー。 試合も後半に入った午後3時半過ぎ、ネット裏の記者席に現れた宮川広報担当が「試合後、中村オーナーから2,3の発表があるそうですから球場内にある社長室にお集まりください」これが、その大トレード劇の前ぶれであった。これを耳にして「スワッ!」とばかり動きだしたのが各紙の担当記者である。その発表が「江藤と大洋・野村投手」であるらしいことは大洋担当記者との連絡でつかめた。それが午後5時になって「まちがいない」ことがわかった。というのはロッテ・中村オーナー、大洋・中部オーナーの間で東京球場での南海との最終戦が終了するであろう午後5時に両球団から同時発表という口約束が交わされていたからである。そのため大洋球団側は東京・丸の内にある球団事務所で5時きっかり待ちかねたような森・球団社長が発表したからである。ところがロッテ側はなんと試合が延長戦になったのである。13回ウラ、スクイズ・バントでサヨナラ勝ちを決めたのは五時半に近かった。選手はユニフォーム姿のまま球場内のレストランで「打ち上げの乾杯」、中村オーナーが「わがロッテオリオンズはきょうをもって全日程を終了した」と型通りのあいさつで乾杯したあと、テーブルのほぼ真ん中で、ユニフォーム姿の中にあってひとり「黒い球団ブレザー」の江藤を指差すと、「来シーズンから江藤が大洋ホエールズでプレーすることに決まりました」と一足先に発表した。史上初の「首位打者・両リーグ制覇」という輝かしいタイトル・ホルダーが決定した喜びの日、それに加え、この日が34回目の誕生日という「江藤デー」になるはずが、なんとも皮肉なパーティーとなった。「誕生日と首位打者が重なり、これこそ人生最良の日と思っとった。そしたら今朝、大沢監督から、来年から大洋でプレーしてくれと、いわれた。そのときワシは脳天をバットでガン!と殴られたような気がしたな・・」江藤はそういったーーーーー。 球場内にある社長室で正式発表。社長室には大沢監督を左端に真ん中に中村オーナー、そのみぎ隣りに武田代表とⅤIP連が硬張った表情で席を占めている。「実はきょう、みなさんに集まってもらいましたのは三つの発表があったからです。発表第一!けさ大洋の中部オーナーと私の間で、うちの江藤君と大洋・野村投手との交換トレードが合意に達しました。」これに続いて、来季のコーチング・スタッフの発表などが行われたが、興味の中心はなんといっても第一発表の「江藤放出」だ。「野村のピッチングは私がファーム監督時代から、ほれ込んでいた。江藤の放出も痛いに違いないが私が後半戦の指揮を濃人さんから引き継ぎ56試合、戦ってみて、なによりも投手力の弱さを痛感した。江藤の放出はその線に沿ったものだ」 大沢監督はロッテ入りする野村に礼讃と期待の弁を向けた。こうしてエキサイトした電撃トレードの発表を終えた中村オーナーは武田代表、大沢監督を従え再びレストランへ選手の労をねぎらいに・・。そのときトレードが決まったばかりの江藤と放出に踏み切った大沢監督と視線がバッチリ合った。瞬間、火花が飛び散ったような錯覚を覚えた。プロフェッショナルの宿命とはいえ主力打者として、つい数分前までは大沢ロッテのために、からだを張ってきた兄貴分のはずだった江藤だが、この両者、ふたこと、みこと言葉を交わし手を振り合ったものの「男の中の男」を自認する両雄の別れにしては、血の通っていないもの同士の冷たい別れとみえたのはビジネスライクに徹し切れない日本人の国民性なのだろうか・・。

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元中日の江藤慎一選手を知ってますか? 1962年 昨年暮れの二十五日、江藤は新人の自主トレーニングに参加してびっくりしたそうだ。若手選手たちのからだがすでにできあがっていたからだ。そしていずれもやる気になっている。「これはいかん。いままでと違うぞ。まごまごしていられない」と江藤はその日から張り切っている。入団してから目標にしていた森は大洋に移ったが、新しい競争相手がはいった。南海からはいった寺田だ。寺田はノンプロの日鉄二瀬ですれ違いだったが先輩である。江藤は「寺田さんは寺田さん、ぼくはぼくと立場が違う。だからライバル意識は燃やしていない」と口では否定するが、ファイターの江藤がそんなはずがない。「それよりことしから大変ですよ。女房ももらったし、弟(省三君、中京商の三塁手で今春慶大受験)は進学するしね。だから費用も相当かかるだろう。三月には家も新築にしたい。そのために一銭でも多く給料をもらうようにしなくてはね。たしか去年ぼくは三割を打つなんて大きな口をたたいたと思う。しかしことしはそんなうわっ調子な考えではいられない」江藤の目標は本塁打二十五本と打点王だ。「いきなり打率三割を望むのはムリだと思うが、打点王のタイトルだけはなんとかとりたい。毎年いいところをうろついているんだがね。去年だってだいぶ差はあったものの三位だったんだから」濃人監督も「江藤はスイングが大きくなってきたからホームランがもっとでるだろうし、打点王も望める。江藤はいままでボールを打つ欠点があった。このボール打ちがすこしでもへれば、それだけ打率も上がるんだ。去年以上の成績はまず絶対だね」といっている。「外野に定着できるのもぼくにとっては大きい。気分的に楽だからね。いままでのように内野だ。外野だとポジションがかわると、なんとなく落ちつかない。とにかく全試合無事故で出場したい」といいながら江藤はベンチの中央にある火バチでヘルメットをあたためた。「頭を冷やすものだぞ」濃人監督がいうと「いや、こう底冷えのする日は頭もあたためんことには働きがにぶりますよ」と笑いながらグラウンドにとび出した。打席に立った江藤は右左に大飛球をおもしろいほどとばしていた。

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