匿名さん
どうしてスポーツ指導者や関係者の人には、知性のない人が多いのですか?? 僕の周りにいる指導者の人(とくに同じ小中学校の先輩などで、現在スポ少や子供のクラブを教えている)に多いのですが、自分たちはスポーツを楽しみ、いい影響を受けて、夢を貰っているからといって、スポーツは誰にでも、学校の体育以外でスポーツをやらない、関心も興味もない若者にまで夢を与えると言うのは、どうしてでしょうか。
『スポーツ』がスポーツをやっていない、興味も関心もない若者にまで夢を与えるような言い方、考え方をしているのは、彼らだけではなく、元スポーツ選手や解説者、有識者、政治家にもよくいます。
『夢』とは、なにか。
『スポーツ』とは、なにか。
本来のそれぞれの意味を全くわかっていないのではないでしょうか。
『スポーツ』は、娯楽の1つです。
どういう娯楽を楽しむかということは、人それぞれの価値観によるのであって、たとえば音楽でロックにしか関心がない人が、クラシックを聴いて感動し夢を授かるか、そもそも音楽自体を聴かない人が、何か音楽を聴いてそうなるかということで、スポーツとて例外ではありません。
『スポーツ』が他の娯楽よりも特別な理由などなく、あるスポーツ選手の活躍がその競技をやる人の始めた「きっかけ」になることがあるからといって、みんなに夢を与えることになるのでしょうか。
ましてや、日本の場合、『体育』と『スポーツ』の区別が外国のようになっておらず、スポーツは、『体育』で身体を育成するための鍛錬の手段でしかなく、『体育』でやるスポーツと勝敗を競う「競技スポーツ」しか若者の中にはない状態です。
それは指導者や関係者もわかっていて、多くはそれが正しいと思っているわけで、本来の楽しんだり、気晴らしのための『スポーツ』ができる機会や環境がほとんどない現状で、無関係だったり興味も関心もない子供若者までが、『スポーツ』に夢を持てる、つまりは、現実を忘れるほど夢中になれたり、理想や希望をそこに見出すことなんて、無理なはずですよね? こういうことを複合的、理論的に考えられない、考える能力がないのでしょうか??