元東映の富永格郎投手を知ってますか? 1956年 立命館高校時代から名のあった投手。昨年の甲子園大会で、立命館高は不戦一勝後、二回戦で松井(現大洋)が投手をしていた若狭高を破り、準々決勝でも津久見高を降して準決勝へ進出した。準決勝では坂出商に2-1で惜敗したが、なかなかの好成績だった。立命館高がここまでやったのは富永の右腕が大きく貢献していたためである。三試合で投球回数二十七、被安打は二十二、与えた四球八、奪った三振十九、与えた得点三、自責点三という立派な成績を見てもわかろう。ハワイ遠征チームに選抜されたのも当然のこと。だからプロ球団の引く手はあまた、方々から口がかかった。最も熱心に誘ったのが阪神で、ほとんど決りかかったといわれていた。それをこれまた新人の獲得に大胆であった東映が引きぬいてしまったのである。富永の兄さんが東映の京都撮影所で働いており、この線を強引に押して東映入りとなったのだとの評判。五尺九寸の長身から外角低目を衝く速球が武器、その他カーブ、シュート、スライダーなど球種もなかなか豊富、加えてコントロールが十分なのと、プレート度胸のあるのが強味。高校の投手としてはやはり抜群の力を持っていた。それがプロに入った初めのころ思ったような成績が上がらなかったのはスピードに対する自己過信があったからだという人がある。捕手の要求にさからって打たれた。高校時代ならば彼のスピードで十分に通用したのだが、プロに入ってはそうは行かない。今までは打たれたことのないスピード・ボールが乱打される。自信を失ってしまったのだ。ようやく最近立ち直りを見せた。富永は「調子はだんだん上がって来た。監督さんにいつでも使われる力を持った投手になりたい」と語り、自信を取戻した明るい顔だった。投手としての資格は十分に持っているのだー若いのだ。焦らず、じっくり勉強することが一番必要なことだとチームの首脳部はいっていた。二十五日現在の成績は試合数六、三勝三敗、自責点二二、被安打六六(本塁打一)投球回数六六回1/3、四球十八、死球二、三振50、暴投一。 小島コーチの話 無口で温厚な人柄、徐々に調子が上がって来ている。完投能力もできて来た。プレート度胸がいいのと、スピード、ドロップには威力がある。欲をいえば得意の外角低目を衝く速球に、一段と伸びが出れば鬼に金棒だ。素質は十分なのだから後は本人の心かげ次第だ。