「自分に限界を決めない、きめてはならない」という言葉がありますが、むしろ「自分の限界を知る」ほうが大切だと考えるのですが

「自分に限界を決めない、きめてはならない」という言葉がありますが、むしろ「自分の限界を知る」ほうが大切だと考えるのですが

「自分に限界を決めない、きめてはならない」という言葉がありますが、むしろ「自分の限界を知る」ほうが大切だと考えるのですが、如何でしょうか? 限界を超えたために、ダメージを負った場合(例えば事故など)、それは自己責任になるからです。 たとえば、スポーツクラブのコーチが、責任をとるのでしょうか? 保険屋に任せて終わりです。 取り返しのつかないダメージを負ってしまうと、元も子もありません。 自分の限界をしってから、逆に世界が開けることもあります。 限界まで頑張らないと、限界が分からないのも事実ですが、その努力を他人が押し付けるのも間違いであり、自分自身の意思で取り組むことが大切だと考えます。 質問は長くなりましたが、要約すると 「自分に限界を決めない、きめてはならない」という言葉がありますが、むしろ「自分の限界を知る」ほうが大切だと考えるのですが、如何でしょうか? です。 皆さまの意見をお聞かせください。

おはようございます。 なかなかいい質問だと思います。 限界を知ることは大切。でなければ、怪我をしたり壊れたりする。そのリスクが高くなる。 それはその通りだと思います。 それは、「無謀な挑戦」をするシーンで役に立つ考え方です。物理的に考えて、不可能な事を出来ると信じて挑戦しても、それは無理で、挑戦の内容によっては大怪我をしてしまいます。 しかし反面、物事に挑戦してる時、物理的に不可能かどうかわからない、できるかもしれないが、なかなか到達できずにいることがあった場合、この場面では、「俺の実力はここまでなのか。そろそろ限界かな。」と考える人と、「今回もできなかったけど、今度は方法を変えて挑戦してみよう。」と常に考える人とでは、達成度に大きな違いが出てきます。そこで挑戦を止めないのは、人にやらされてるからではなく、自分の可能性をまだ信じてるからです。結局人間は、自分が信じてる範囲の事しかできません。反対に言うと、信じてる範囲が広い人の方が、出来る可能性が高くなります。 自分は諦めてるのに、コーチが無理をさせる指導をしても伸びないし、怪我のリスクが高まります。そこんとこは、コーチの指導力が問われます。選手が諦めてしまってたら、もうコーチがいくら指導してもダメです。しかし、諦めてきってるわけではなく、諦めそうな気持ちになってる選手には、「キミの限界はまだ先にあるから、まだ大丈夫。これまでもスランプを何度も乗り越えて来たキミの可能性はまだまだある。怪我だけは気をつけて、次回は違った方法を試してみようか。」と言って、まずは気持ちがマイナスにならないようにしてあげたりする事が肝要かもしれません。ここで、再び自信を失わず、挑戦する気持ちが芽生えれば、いつか達成できる可能性があります。 この間の怪我のリスクについては、選手自身が負ってます。世の中、挑戦するにはリスクは付きものです。人間は、生きてる限り、リスクを負って生きてます。スーパーまで買い物に行くことですらリスクを負ってます。家を出た瞬間、車に跳ねられるかもしれません。大切な事は、リスクを負う価値があるのか、無いのかの判断です。リスクを負う価値がある事に挑戦してる瞬間は、本人はリスクを負ってるとは思ってません。出来ると思ってるからです。しかし、不要な怪我を避ける事には気をつけなければなりません。 そう思ってて、運悪く思わぬ大怪我をする事もあります。それは運、宿命です。生きてる限り、自分が自分らしく生きてて、怪我をしないようにベストを尽くしていたのに、思わぬ大怪我をしてしまったとしたら、これは宿命だったのです。誰にも責任はありません。 これを避けるには、全ての挑戦を止めて、自分らしく生きる事もやめて、ずっと家に引き篭もっていなければならない事になります。 心が健全な人ならば、いつか家を出てみたくなるはずです。遊びにも行きたくなるはずです。それを行動に移した時、自分らしく生きる事に対するリスクを自ら負うわけです。 こんな感じで回答になってますでしょうか?

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「自分に限界を決めない、きめてはならない」という言葉がありますが、むしろ「自分の限界を知る」ほうが大切だと考えるのですが

「自分に限界を決めない、きめてはならない」という言葉がありますが、むしろ「自分の限界を知る」ほうが大切だと考えるのですが、如何でしょうか? 限界を超えたために、ダメージを負った場合(例えば事故など)、それは自己責任になるからです。 たとえば、スポーツクラブのコーチが、責任をとるのでしょうか? 保険屋に任せて終わりです。 取り返しのつかないダメージを負ってしまうと、元も子もありません。 自分の限界をしってから、逆に世界が開けることもあります。 限界まで頑張らないと、限界が分からないのも事実ですが、その努力を他人が押し付けるのも間違いであり、自分自身の意思で取り組むことが大切だと考えます。 質問は長くなりましたが、要約すると 「自分に限界を決めない、きめてはならない」という言葉がありますが、むしろ「自分の限界を知る」ほうが大切だと考えるのですが、如何でしょうか? です。 皆さまの意見をお聞かせください。

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