元西鉄の豊田憲司投手を知ってますか? 1971年 からだは中型で、ピッチングもみた目もハデさはない。が、終わってみると、ちゃんと2点に押えるのが豊田の持ち味。強打自慢の松下電器も完全にそのペースにのせられてしまった。五番の内田は試合後も首をひねった。「ポンポンと投げ込んでくるので、テンポが全然合わなかった。コントロールはいいが、これといって驚く球はなかった。もっといい投手を打ち込んできたんですがね」豊田は芝工大出身で、会社では藤沢工場生産管理部に籍をおき、生産観察のデスクワークをしている。それだけに、ピッチング内容の説明も理づめでよどみなく、すらすらとやった。立ちあがりの1点は、都市対抗初登板ではりきりすぎて、下半身を使うのを忘れていたそうだ。終盤の二イニングで四安打されたのは「4点リードの気のゆるみがあり、無造作にストライクをとりにいったのをやられた」といいきる。それでも帳ジリは七安打2点。いすゞは前野(芝工大の後輩)古屋の好投手が補強されて強力投手陣になっているが、豊田にはエースのプライドがある。「でも、自分が五回までもてば、あとは彼らがいるから気楽な面もありますよ」というのも本音だろう。成田理助氏は「大型投手は完成するとプロへもっていかれるから、これからの社会人では、こんなタイプが買い目になる」とみている。1㍍76、70㌔、右投右打、二十三歳。