まず、どう思うかの前に現実と認識にズレがあったのでは意味がないですから実際の情報を整理してみましょう。
遭難件数は年間おおよそ3,000件です。
この中の1割以上は山菜とりです。
他は一般観光、渓流釣りまで含まれます。
遭難の多くは冬以外のハイキング、一般的登山で起こっていてなおかつ、転んだとか、道に迷ったがほとんどです。
冬山の遭難ですと、北、中央、南アルプス、八ヶ岳、その他で起こる遭難は年に約30件、死亡は約8人です。
冬山で遭難するとニュースになりますが、こんなに少ないのです。
逆にいえばこんなに少数の酔狂なことだからこそしニュースになるのです。
毎年3,000人死んでも交通事故ではニュースにあまりならないのは関心が薄いからです。
遭難救助についてですが、そんなに熱心(長期、自衛隊など)にしてくれるわけではありません。
せいぜい数日で打ち切られます。
費用もかかって数百万円です。
見つからず放置というのは結構あります。
ちなみに 交通事故年間約500,000件/日本の人口130,000,000人 事故にあう確率0.4% 遭難3,000/登山人口8,000,000人 遭難する確率0.04% 税金の話ですが、公道をなんの気なにし利用していますがサラリーマンですと生涯税金を納めたとしても道路を1kmさえ作ることができません。
何も起こらない生活=治安の維持にもコストはかかっています(警察30万人)。
つまり、多くの人は払っている税金より得ている利益の方が大きいのです。
どう思うかについて 冬山に限ったことではありませんが、個人の自由はあった方がいいと思いますよ。
人類(世)の役に立つこととか、公共性のあることしかやってはいけないのでしたら、冬山なら感心の無い人がほとんどで問題ないと考えるかもませんが、そのレベルで制約ができるのですからあらゆる領域まで制限されるのです。
かなり生き辛い世の中になるでしょう。
食事で美味しいものを食べることも無駄だからダメです。
例えば、肉を食べるとしましょう。
胡椒は遠くインド、マレーシアなどから運び、1kgの肉を作るのに10kgの穀物を使っています。
相当な環境負荷で世のためになりませんから不要ということになります。
とはいえ保険に入ったり、計画、準備することは大切ですのでした方がいいですね。
おわりに 多くの死に際にあった人が書いた本があるのですが、死に際に一番多い後悔ってなんだか知っていますか?何も挑戦しなかったことです。