匿名さん
日産とトヨタのバランスについての質問です。
最近こんな質問をしましたが、回答者がお一人のみでした(苦笑) http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14141878124 日産自動車は高い技術力がありながら販売戦略等でトヨタの後塵を拝し、70年代まではトヨタに次ぐ国内2位のシェアを誇りながら、(僕の実感も入ってますが)80年代から徐々にトヨタとの差を広げられ90年代末期には経営危機に陥る状況になってしまった過去があり、日産党ではない僕すら歯痒さを覚えました。
ではどのようにトヨタとの差を広げられていったか自分なりに勉強(?)してみました。
以下の通りで大筋よろしいでしょうか?ご意見お願いします。
○既に70年代までに財務体質が悪かったことについて・・・ 1.戦後の業界再編で全国各地の地元ディーラーの多くがトヨタ傘下に組織化されスタート時点で販売力にハンデがついてしまった。
2.川又社長時代にプリンス自動車を併合しトヨタとの差を一見縮める。
プリンスの技術力を迎合するも“財務上の負”もセットとなる。
また、社内の労働運動への対処として自動車総連:塩路一郎会長との関係強化で、後にかえって労使交渉が経営サイドに足かせ状態となる。
2代後の石原社長が革新的な企画(国内初の新型車名称一般公募→サニー、グローバル10による海外戦略など)を打ち出しても結果的に会社内部状態とチグハグとなる。
3.この時期に製造拠点九州進出があった。
製造”城下町”を形成していたトヨタと比べ、車1台当たりの製造コストが約10万円高くなった。
そして80年代を迎える。
商品コンセプト設定などについては次の機会に質問させていただく予定です。
(文字数の関係もあるので)