元阪神の中村勝広選手を知ってますか? 1972年 キャンプでの評判はさっぱりだった。打球に鋭さがない。スローイングが悪い。線も細い。なかには「足が速いだけじゃあ、とても一軍には通用せん」とさえコキおろす評論家もいた。そんなルーキーが、オープン戦2試合で早くも4安打を放った。中身もうんと濃い。左前のシングルヒットを、野手がちょっともたつく間に、二塁打にしてしまう。そうかと思えば、ベテラン顔負けのうまい流し打ちで、右中間へ、走者一掃の三塁打。せっかちに一軍失格のラク印を押した評論家先生、きっといまごろ頭をかいているに違いない。実戦的という前評判を地でいったような、颯爽としたデビュー。ちょっとぐらいは胸を張ってもよさそうなのに、そんなところはみじんもない。「ラッキーです。自分でもできすぎと思っています」むしろグッと控え目なところが、なかなか好感が持てる。が、単なるラッキーだけでは、4本もヒットを打てるハズがない。実戦の勝負強さでは、かくたる実績があるのだ。昨秋の早慶戦、1回戦の2回、0-1とリードされた場面でバックスクリーン横へ豪快なホームラン。翌日の2回戦も1-1の6回に、左中間の最深部に勝ち越しホーマー、二発でプロ各球団がいっせいに注目した。首脳陣の評判もすこぶるいい。実戦に強いのはもちろん、毛並みのよさが大いに買われているのだ。一球入魂の名門早大で主将までつとめ、精神野球をいやというほどたたき込まれている。「野球に対する考え方が実にしっかりしている。それに野球選手としてのセンスは抜群。将来はウチの幹部選手や」とは村山監督。スター意識のまだ抜けきらないこの人が、ルーキーに最上級の賛辞を送るなんて、初めてだろう。 長島と同じ千葉県出身ということもあって、もともとは巨人ファン。それが皮肉にも、ライバル阪神のユニホームを着ることになった。複雑な心境なのでは・・と少々意地悪なことをきいたら、トンデモナイといった顔つきをした。「プロの世界は、そんな甘っちょろい感傷にひたっていたのではついていけません。はじめてキャンプを経験してみて、つくづくそう思いました。みんな死にものぐるいの競争です」。もうすっかり、プロのなんたるかをハダで感じ取ったようだ。 ルーキーが先輩連中からニックネームを頂戴するいまごろ、きゃしゃな体つきに似合わず実戦になるとめっぽう強い。そのうえ毛並みも抜群とくればサラブレッドそんな感じがぴったりのルーキーである。