ヤマハ・YZR-M1とは

ヤマハ・YZR-M1

YZR-M1(ワイゼットアール-エムワン)は、ヤマハ発動機がロードレース世界選手権のMotoGPクラスに参戦するために開発した競技専用オートバイ。2002年にYZR500の後継として開発され、当初はのエンジンを搭載した。それ以来、YZR-M1は990cc時代、800cc時代、1000cc時代とコンスタントに開発され続けている。

M1のMとは、英単語のMissionの頭文字であり、「開発技術を市販車開発へ」と「MotoGPのチャンピオンマシン」という二つの使命を表している。

シーズンは990cc4ストロークマシンと500cc2ストロークマシンの混走が許された初めての年であった。ヤマハは2ストロークV型4気筒エンジンのYZR500から、4ストローク並列4気筒のYZR-M1への切り替えを決定した。その理由はフレームとエンジンのバランスを考慮したためであった。ヤマハはまた、YZR500の良好な操縦性の維持を求め、M1のエンジンをYZR500の車体構造にはめ込むように設計した。M1は4ストロークエンジン特有のエンジンブレーキを制御する電子エンジン管理システムを装備した。新型エンジンは5バルブを装備し、キャブレターによるガソリン供給、排気量は942ccであった。シーズン後半までにはレギュレーション上限の990ccまで発展した。フレームもシーズン中に開発が進み、エンジンマウントポジションと燃料タンク形状が変化した。

M1は2001年を通して、マックス・ビアッジ、ジョン・コシンスキー、藤原儀彦、難波恭司の手によって開発が進められた。シーズンはビアッジとカルロス・チェカがファクトリー・チームでM1を走らせ、シーズン終盤には阿部典史、オリビエ・ジャック、中野真矢にも提供された。ビアッジは2勝を記録しランキング2位となり、ヤマハもマニファクチャラーズランキングで2位となった。

シーズン、エンジンはキャブレターからフューエルインジェクションに変更となり、エンジンブレーキ制御も安定性を改善するために4つのシリンダーのうち2つに通ずるスロットルバルブを自動的に調節したアイドリング制御システムと交換された。M1のライダーはチェカ、アレックス・バロス、オリビエ・ジャック、マルコ・メランドリ、中野真矢、阿部典史で、このシーズンは1勝もできずヤマハはマニファクチャラーズランキングで3位となった。

バレンティーノ・ロッシがヤマハと2年契約を結ぶ。伝えられるところに依ると、1シーズン600万ドルの契約であり、この移籍はプレスによって「彼が噛むことができた物より多くのものを噛み切る」と表現された。ロッシがYZR-M1をホンダ・RC211Vのレベルに引き上げることは、批評家やメディア専門家ばかりでなく多くのファンも至難の業と考えた。冬の間にホンダのマシン開発は好調に進み、マックス・ビアッジとセテ・ジベルナウがホンダに世界タイトルをもたらすのに障害は無いと考えられた。

一方、ロッシとジェレミー・バージェスだけがホンダと戦う抵抗勢力であった。バージェスはロッシのホンダ時代のチーフメカニックで、ロッシの移籍に伴って長年共に働いたクルーと共にヤマハに移籍した。これは注意すべき移籍で、ロッシは自身の自叙伝で、YZR-M1でチャンピオンシップに挑むために必要な強固な基盤を提供してくれると書き表している。

2003年から2004年の冬のテストの間に、ヤマハはロッシとバージェスと共同して最大限の努力を払い、大きな進歩を遂げた。組織的な革新とテストで、彼らはブレーキングやクイックな操縦性と言ったM1の伝統的な利点をリファインし、パワーとバランスでまとめ上げた。YZR-M1プロジェクト・リーダーの辻幸一はロッシやバージェスと密接に働き、パワー伝達の改良のため何度もエンジンを修正して実験した。最終的にシリンダーヘッドのバルブは初期型の5から4に変更された。並列4気筒エンジンは伝統的な「スクリーマー」エンジンで、クロスプレーンクランク、90度位相で270-180-90-180の不等間隔爆発であった。この点火順序はV4エンジンの恒常的な運動エネルギーを模倣し、これによってエンジンのトルク特性を大幅に向上させ、フレームとエンジンは接続位置が僅かに変更された。これによってM1はコントロールしやすいマシンとなり、コーナー脱出速度も向上した。冬の間の必死な開発とテストの後、カタルーニャで行われたIRTAのテストでロッシとM1はBMWの車に勝ち、チームは正しい方向への重要な一歩を踏み出したことを世界に示した。

恒例となっていた鈴鹿での日本GPが安全性の問題のためツインリンクもてぎで行われることとなり、シーズンの開幕戦は南アフリカのウェルコムで行われることとなった。注目に値するこのレースで、ロッシは優勝を遂げ、批判者達を沈黙させるだけではなく、2つの異なるマニファクチャラーで連勝を遂げた初のライダーとなった。ロッシはこのシーズン9勝を挙げ304ポイントを得、タイトルを獲得した。ホンダのセテ・ジベルナウは257ポイントでランキング2位、マックス・ビアッジは217ポイントで3位となった。

したがって、2004年シーズンはロッシがバイクの性能では無く自身の才能でタイトルを獲得したことを証明した。彼はGPレース史上で大きな業績を成し遂げた。

YZR-M1とロッシのコンビは2005年もシーズンを支配し、ロッシはホンダのマルコ・メランドリに147ポイント差を付けてタイトルを獲得した。ロッシは後に、2005年型のM1はこれまで乗ったマシンの中で最高傑作であると語っている。

M1はシーズン開幕戦からチャタリングで悩まされ、シーズンはヤマハにとって問題含みであることが判明した。開幕から3戦連続で全てのヤマハライダーが苦しめられ、それはウィンターシーズンの内に開発された3つの大きな機能が原因であると考えられた。すなわち、大幅なエンジンパワーの引き上げと、新たなより固いフレーム、粘着性のコンパウンドと改訂版のプロファイルを持つ新しいミシュランタイヤが絡み合ったものであった。3つの開発がほぼ同時に行われたため、通常であれば1つの開発につき細心のテストが行われるが、それがおろそかにされた。そして、この問題を理解し解決するためシーズン序盤の多くの労力が費やされた。

ヤマハとYZR-M1の開発の遅れは、バレンティーノ・ロッシのシーズンスタートの不調の原因となった。予選における低いパフォーマンスと不運のため、ロッシはシーズン半ばに手首を負傷し、その苦難は増していった。しかしながらシーズン後半にM1の問題は実質的に根絶された。そしてロッシはポイントリーダーのニッキー・ヘイデンとの間にあった大きなポイント差を削減し、第16戦には逆転しついにポイントリーダーとなった。最終戦のバレンシアGPでロッシはスタートに失敗、5周目に転倒して最下位まで沈む。一方のヘイデンは安定した走りで3位に入賞、ロッシは追い上げたものの13位でフィニッシュし、ヘイデンが逆転でタイトルを獲得した。ロッシは5勝を挙げ、ヘイデンは2勝しか挙げなかったものの、ロッシにとっては最後まで不運に見舞われたシーズンとなった。

2007年に再びレギュレーションが改定され、MotoGPマシンの排気量は800ccに縮小された。990ccマシンの最高速度は210 mph (340 km/h)にも達しており、この改定は増加する速度を減らす目的であった。したがってYZR-M1は800ccで開発が続けられることとなった。2007年のプレシーズンテストで、800ccエンジンを搭載した新型YZR-M1は、990ccを搭載した旧型よりもストレートにおいて逆説的に速かった。YZR-M1はよりハードなブレーキング、クイックなハンドリング、コーナースピードの高速化およびより扱いやすいトラクションと、2007年も正常な進化を遂げ、前年型より発展していった。

2006年前半にYZR-M1を苦しめたチャタリングは800ccへの切り替えで取り除かれた。ヤマハファクトリーチームのメインスポンサーはキャメルに代わってイタリアの自動車メーカーであるフィアットとなり、車体の色も特徴的な黄色から青へと変わった。チームは青と白のカラーで走らせ、シーズンを通していろいろなカラーリングを採用することをほのめかした。

シーズンはファクトリードゥカティを走らせたケーシー・ストーナーが獲得した。

2008型YZR-M1は、MotoGPで最高のオールラウンドマシンと見なされた。ロッシは2位に記録的な差を付けて2008年の世界タイトルを獲得、シーズンを通して表彰台を支配した。チームメイトのホルヘ・ロレンソはポルトガルGPでルーキーとして初めてのM1による勝利を成し遂げ、シーズンでは6度の表彰台を獲得した。ロッシを初めとする多くの人々が、YZR-M1は2008年シーズンにおいてケーシー・ストーナーのドゥカティとの熱い戦いで最高のマシンであることを証明したと述べている。

2002年から2007年までは、ワークス・チームはミシュランタイヤ、サテライトチームはダンロップタイヤを使用していた。しかし、2006年及び2007年シーズンでのミシュランの開発力不足から、ワークスチームエースライダーのバレンティーノ・ロッシは、ブリヂストンタイヤを使用することを決定し、またサテライトであったテック3・ヤマハチームは2008年よりセミ・ワークス扱いとなり、長年開発を行ってきたダンロップからミシュランにタイヤメーカーを変更すると発表した。

これにより2008年はフィアット・ヤマハのロレンソとテック3・ヤマハのエドワーズ、トスランドの3名がミシュランを、そしてフィアット・ヤマハのバレンティーノ・ロッシ1名がブリヂストンを使用。このため同じフィアット・ヤマハのロッシとロレンソは、互いにタイヤメーカーの情報漏洩を防ぐためにチームメイトでありながら別々のピットを使う体制でMotoGPに臨み、結果的にはブリヂストン・ミシュランの両方で勝利を挙げYZR-M1のポテンシャルを証明した。

2009年はタイヤのワンメイク化があったが、2008年のシステムが上手くいったこともあり、以降もピットをパーティションで分割し使用し続けている。

ブリヂストンは2015年シーズンをもって撤退、2016年シーズンからはミシュランのワンメイクとなっている。

世界タイトル獲得回数:7:
バレンティーノ・ロッシ:2004, 2005, 2008, 2009
ホルヘ・ロレンソ:2010, 2012, 2015

優勝回数:101:
2002 ビアッジ:2
2004 ロッシ:9
2005 ロッシ:11
2006 ロッシ:5
2007 ロッシ:4
2008 ロッシ:9, ロレンソ:1
2009 ロッシ:6, ロレンソ:4
2010 ロレンソ:9, ロッシ:2
2011 ロレンソ:3, スピーズ:1
2012 ロレンソ:6
2013 ロレンソ:8, ロッシ:1
2014 ロッシ:2, ロレンソ:2
2015 ロレンソ:7, ロッシ:4
2016 ロレンソ:3, ロッシ:2

() (太字はポールポジション、斜体はファステストラップ)

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スーパーGTに関するよくある質問

ユーザーが疑問に感じている「スーパーGT」に関する質問集です。

スーパーGTの知りたいことや、みんなが疑問に思っている スーパーGTに対する質問がたくさんあります。詳しい人からの回答もたくさん集まっているので スーパーGTへの疑問が解消されます

スーパーGTに関する質問

良かったらご回答下さい。
卓球をクラブチームでやっている大学生です。
俺は中学生から卓球を始め、この5つで丸8年になります。
始めた当初はカットマンで、中学2年生の終わり頃に攻撃に転向しました。
その後高校ではずっと攻撃をやってましたが、最近カットマンに戻りました。
攻撃の時の名残なのか、20種類以上サーブを持っています。
試合に出た時に、1セットに大体3種類程度を使います。
そのセットでバレてしまったサーブは、辞めて別のサーブに切り替えています。
YG・しゃがみ込みが得意で、よく使います。
攻撃もするので、ナックルも使います。
今、ラケットは 松下浩二スペシャル フォア→ヴェンタス ソフト バック→スーパースピンピップス2 を使っています。
そこで、3つほど質問があります。
①サーブをセットごとに変えたりするのは、戦術的に有効なのでしょうか? それともあまり変えないで組み立てた方がよいのでしょうか? ②フォアのラバーでオススメは御座いますか? カット5:ドライブ4:小技など1くらいの比率です。
出来れば攻撃用のラバーが嬉しいです。
海外ラバーはあまり好きではないので、可能でしたら日本のラバーがいいです。
粘着でしたら、海外でも大丈夫です(粘着が思いの外、日本製が少ない為)。
③ナックルサーブはあまり使わない方がいいのでしょうか? 色々質問が多くて申し訳ありません(>_<) 皆様の沢山のアドバイスとご意見をお待ちしています。
長文、失礼いたしました。

スーパーGT に関する質問

1、3、サーブについて ケースバイケースで、効いているサーブはそのまま続けて良いかと。
大事なのは相手の待ちやレシーブを予測し、その裏をかくこと。
なので、ナックルサーブも相手の裏をかいていたり、相手レシーブの傾向を掴んで処理や展開の予測ができる自信があるなら使える。
2、フォアのラバーの候補 ・ヴェンタススピン 少しスポンジが硬めだが、攻撃や回転はかかるテンション系。
・T-rexないしトリプルスピンチョップスポンジ 今と同じぐらいの硬さの粘着系。
・ラザントパワースポンジないしラクザ7ソフト 同じような弾みのテンション系。

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

スーパーGTではコーナーで追い抜く場合にスピンさせるほどにぶつけないなら違反にならないのは暗黙のルールですか?昔鈴鹿で1000キロレースでは日が沈んでからもまだ走ってました。
ライトを消してから横から追い抜く のは違反になりますか?

スーパーGT に関する質問

日が沈んだ場合、このレギュレーションが適用されますね。
第26条 8.競技長からライトの点灯指示が出された場合、すべての競技車両は前照灯、尾灯およびリアライトをすべて点灯しなければならない。
(以下略) で、この場合レギュレーション違反なので審判員の競技で危険と判断されて、ドライブスルーペナルティー以上の罰則が科せられる可能性がありますね。

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

ダウンサスについて質問です。
y50フーガgt後期にのっているんですが、今度ダウンサス組もうかと思ってるんですが、エスペリアのスーパーダウンサスって車検通りますか?

スーパーGT に関する質問

ん~~~・・フォグの高さは大丈夫かいの?

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

ブガッティ・ヴェイロンとスーパーGT300のポルシェは、富士スピードウェイだったらどっちのが速いですか?

スーパーGT に関する質問

GT300のポルシェでしょうね。
実際、ヴェイロンのドイツ/ニュルブルクリンクのラップタイムは7分40秒だったかと。
GT-R 07(つまり初期型)のニュルタイムが7分38秒くらい。
ちなみにGT-Rのノーマル市販車が富士スピードウェイを走ると2分切れるか、ってところ。
で、GT300のポルシェですが、今年の第2戦での予選タイムで1分38秒です。

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

スーパーgtのチケットはどのように買えばいいですか? お願いします

スーパーGT に関する質問

大きく分けて、3通り位有ります。
・ローソン、ミニストップ等のコンビニによる、直接購入。
・SUPER GT サポーターズクラブからの購入。
・各サーキットオンラインショップでの購入。
鈴鹿・茂木はMOBILITY STATION、富士は富士スピードウェイオンラインチケット等々。
・サーキットに近ければ他にサーキット窓口での、直接購入も有ります。
前売り・当日。

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

スーパーGT300でポルシェ911が勝てないのは、ポルシェ911を運転してるレーサーが下手だからですか?

スーパーGT に関する質問

コーナーリングです。
以前は直線番長とか言われておりましたよね!ストレートは速いっす!!

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

zn6 トヨタ86のサスペンスについて 前期の6AT Gグレードに乗っています。
RSRのスーパーダウンサスペンションを購入予定なのです。
グレード、ミッションにより商品が異なるそうですが、 グレードGとGTに、サスペンションにはどのような違いがあるのでしょうか? またATとMTにはサスペンションにどのような違いがあるのでしょうか? よろしくお願いします。

スーパーGT に関する質問

グレードG/GT、そしてMT/ATで何が変わるかというと車重です。
サスペンションの構造やストローク等は変わりません。
車の重さが変わるので、それぞれサスペンションを最適化しようとすればバネレートが変わってきます。
86は純正でもそれぞれバネレート違います。
A型86乗りですが、発売当初雑誌に各グレード、ミッションのバネレートの数値が書いてありました。
RSRのサスペンションもそれぞれ最適化したバネレートで開発しているのでしょうね。
詳しくはRSRのサイトをご覧になってください、おそらくバネレートが微妙に違うだけだと思います。

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

DragoがスーパーGT参戦撤退しますが、今後道上さんは何をされるのでしょうか? 宜しくお願いいたします。

スーパーGT に関する質問

引き続き監督活動でしょう。
レースに出るとしても第一線に出てくることはまずないでしょうね

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

CALSONICが売却されるとスーパーGTはどうなるのですか。

スーパーGT に関する質問

チームインパルのマシンの色がスポンサーによって変わるだけじゃない? TOM'Sの36号車がペトロナスからauに変わったみたいに。

スーパーGTに関する回答

スーパーGTに関する質問

(๑′ᴗ‵๑)【ジェンソン・バトン引退】ジェンソン・バトンが引退してスーパーGTのドライバーになってくれる可能性は1%はありますか。

スーパーGT に関する質問

ドライバー辞めるから 引退って言うんじゃないの?

スーパーGTに関する回答

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