城ホールにしても大阪府立にしても80年代当時の全日本の大阪大会は新日本の大阪大会に比べて明らかにショボいカード編成でした。
「どうせ客が入らない」なのか「ショボいから入らない」なのかはわかりませんが、何かしら悪循環に陥っていたのは確かだと思います。
新日本はどちらの会場でもいつも超満員でした。
そして毎回ゴールデンカードでしたし、年末のタッグリーグでは最終戦で大阪府立を使用していました。
しかし全日本も79年の最強タッグでは大阪大会で「ファンクスvsマスカラス兄弟」という超豪華なカードを組んだこともあるにはありました。
ただ全日本は大阪のファンを軽く見ていたように思わなくもありません。
長州率いるジャパン軍参戦後初めて大阪府立で興行をした時は9800人という超満員を記録したにも関わらず、肝心のメインのカードは「鶴田、天龍、石川vs長州、谷津、寺西」というショボい6人タッグで、結果も国際血盟軍が乱入で無効試合というアングル。
正直ファンをナメてましたね。
また、85年か86年だったか大阪府立体育会館は老朽化のため改装工事に入り、プロレスの大阪大会は大阪府立より規模の大きい城ホールを使用せざるを得なくなりました。
にも関わらず全日本は相変わらずショボいカードしか組まなかったので大阪の全日本の興行はガラガラだったんですね。