匿名さん
広島東洋カープの経営の歴史について質問です。
1967年に東洋工業(現・MAZDA)が、まとまりが悪く球団の運営がバラバラだった広島カープの株式を買い取り、 球団経営を一本化したそうです。
ここで疑問なのが、なぜその時に東洋工業を親会社にしたプロ野球球団にしなかったのでしょうか? 当時のスポンサーとしての出資比率がいかほどかは分かりませんでしたが、あくまで東洋工業はスポンサー扱いで初代松田オーナーの家族経営の形にしてしまったのは、何か理由があったのでしょうか? 現に初代オーナーは当時のコメントとして、 「こんな経営が長く続くわけがない、しかるべき時期にしかるべき組織として運営していく」 というコメントをしたそうですが。
結局その後、2代目、3代目と・・・・・ そのコメントは無視され、同族経営、家族経営のダメな部分が露呈されています。
球団は家族経営のために信用が無いから赤字を出せない経営を余儀なくされ、その分思いきった改革にも二の足を踏み、安物買いの銭失い的な失敗が多いです。
MAZDAを親会社とした広島東洋カープになり、球団経営で足りない資金をMAZDAが肩代わりする。
これと、最初からMAZDAが35%弱を筆頭スポンサー料金として支払うが、球団に口さえ出せない。
どちらも負担はさほど変わらないように見えるのですが・・・・・・ なぜ当時、初代オーナーがそんな発言をしているにも関わらず、こうしたチーム運営の方式を取ったのか疑問です。
なぜなのか、ご存じの方はいらっしゃいますか? 最初にきちんとしておけば、家族経営の悪い部分が継承される事も無かっただろうに、残念です。