元巨人の益田昭雄投手を知ってますか? 1964年 益田はいままでプロ野球の力に気遅れしていたらしい

元巨人の益田昭雄投手を知ってますか? 1964年  益田はいままでプロ野球の力に気遅れしていたらしい

匿名さん

元巨人の益田昭雄投手を知ってますか? 1964年 益田はいままでプロ野球の力に気遅れしていたらしい。
ノンプロ山陽特殊製鋼から巨人入りしてもう三年。
だが、ナインの中にひとりも親友がいない。
一児のパパ、ことし二十六歳の益田が藤田、伊藤、北川といったベテランと若い高橋、渡辺らのちょうど間にいるためではない。
内向的な性格のためだ。
マウンドにあがるとものおじしてブルペンと同じピッチングができないこともその性格のせいだろう。
「ブルペンでいっしょに並んで投げていると、とても直球のスピードではかなわない」と伊藤がいう。
高橋は「左投手はコントロールが悪いといわれるが、あの人は特別だね」といった。
そこで藤田コーチはオープン戦を前に「のんびりした気分でフォームを考えずに投げてみろ」とアドバイスをしたそうだ。
今シーズンは敗戦処理として四試合に登板しただけだが、オープン戦はこれで三試合2勝。
それも東映(秋田)大洋(草薙)とも第一戦の先発だった。
「きょうは暖かかったし、思い切って投げられた。
でも、相手のバットはあんまり振れていなかった。
大洋を押えたといってもあまり大きな顔はできませんよ」ゆっくり話す。
小学校二年生のとき、友だちのどもるまねをしていたら、いつの間にかそれがクセになってしまったという。
「藤田さんがいうようになにも考えず思い切って投げているうちに、ここにきてノンプロのときのフォームに戻ったと思う。
スリー・クォーターからだんだん球が上から出るようになった」バスのおりる益田を迎えたのは藤田の握手だった。
「ボクの勝負球は内角低めをつくスイフト。
ノンプロのときはほとんどこれで勝負してきた。
だから、この球を生かすため、きょうは外角へゆるいカーブと、小さく曲がるスピードをつけたカーブでカウントをかせいだ。
これからは切り札にスピードをつけることです」オープン戦三試合の成績は十二イニングで被安打7、1点しか許していない。
「コントロールがよくなって見込みが出てきたのだろう。
マウンドさばきが板についてきた。
自分の力を出すようになった、ということでしょう。
自信を持ちはじめたら、もうこっちのもの。
これから楽しめる」と藤田コーチは満足そうだった。

以前学習しましたね。
知ってますよ。
久賀高校から山陽特殊鋼に進み、1962年の都市対抗野球ではエースとして準々決勝まで勝ち上がる。
同年に読売ジャイアンツへ入団。
2年目に初勝利を記録し、この年は2勝する。
翌年は勝ち星がなかったが、1965年と1966年に4勝を記録。
1966年の日本シリーズでは3勝2敗で迎えた第6戦に先発、完封勝利をあげ、胴上げ投手になっている。
また同年10月の日米野球ドジャース戦でも完封勝利を記録した(日米野球では村山実に続く日本人二人目の快挙)。
1968年に西鉄ライオンズへ移籍。
移籍1年目に7勝を記録し、翌年も自己最多となる8勝を挙げた。
スクリューボールを主体とし、スライダー、カーブ、シュートも武器としていた。
しかし、1970年に黒い霧事件に関わったとして永久追放された。
その後は、福岡県でタクシー運転手をしている。
170試合 25勝33敗 防御率3.07 背番号 63 (1962年) 17 (1963年 - 1967年) 15 (1968年 - 1970年)

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元巨人の益田昭雄投手を知ってますか? 1964年  益田はいままでプロ野球の力に気遅れしていたらしい

匿名さん

元巨人の益田昭雄投手を知ってますか? 1964年 益田はいままでプロ野球の力に気遅れしていたらしい。
ノンプロ山陽特殊製鋼から巨人入りしてもう三年。
だが、ナインの中にひとりも親友がいない。
一児のパパ、ことし二十六歳の益田が藤田、伊藤、北川といったベテランと若い高橋、渡辺らのちょうど間にいるためではない。
内向的な性格のためだ。
マウンドにあがるとものおじしてブルペンと同じピッチングができないこともその性格のせいだろう。
「ブルペンでいっしょに並んで投げていると、とても直球のスピードではかなわない」と伊藤がいう。
高橋は「左投手はコントロールが悪いといわれるが、あの人は特別だね」といった。
そこで藤田コーチはオープン戦を前に「のんびりした気分でフォームを考えずに投げてみろ」とアドバイスをしたそうだ。
今シーズンは敗戦処理として四試合に登板しただけだが、オープン戦はこれで三試合2勝。
それも東映(秋田)大洋(草薙)とも第一戦の先発だった。
「きょうは暖かかったし、思い切って投げられた。
でも、相手のバットはあんまり振れていなかった。
大洋を押えたといってもあまり大きな顔はできませんよ」ゆっくり話す。
小学校二年生のとき、友だちのどもるまねをしていたら、いつの間にかそれがクセになってしまったという。
「藤田さんがいうようになにも考えず思い切って投げているうちに、ここにきてノンプロのときのフォームに戻ったと思う。
スリー・クォーターからだんだん球が上から出るようになった」バスのおりる益田を迎えたのは藤田の握手だった。
「ボクの勝負球は内角低めをつくスイフト。
ノンプロのときはほとんどこれで勝負してきた。
だから、この球を生かすため、きょうは外角へゆるいカーブと、小さく曲がるスピードをつけたカーブでカウントをかせいだ。
これからは切り札にスピードをつけることです」オープン戦三試合の成績は十二イニングで被安打7、1点しか許していない。
「コントロールがよくなって見込みが出てきたのだろう。
マウンドさばきが板についてきた。
自分の力を出すようになった、ということでしょう。
自信を持ちはじめたら、もうこっちのもの。
これから楽しめる」と藤田コーチは満足そうだった。

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